シリフ霊殿
Schild von Leiden

元親君の光源氏観察日記
皐月某日 元就の稽古という響きが少なからず不安なので様子を見に行く。





「何だ、その顔は」
「あー……いや……」
 お前が船まで出迎えに来るとは思ってなかったから。
 正直にそう言うと元就はふん、と鼻で笑った。
 まず元就本人がここまで来るというのにも驚いたが、
 その腕に綺麗な小袖を着た#奈々を抱きかかえているのにはもっと驚いた。
「これが連れて行けと煩かったのでな」
 言いながら#奈々を地面に下ろす。
 元就の手から離れると、#奈々はちょこちょこと俺の足元に寄って来て笑った。
 心配事が杞憂に終わったのを知って俺も笑う。
「てっきりまた兵達にでも任せてんのかと思ったぜ」
 情が移ったか?と言うとまたもや鼻で笑われた。
「抜かせ。我はこの娘を役に立つ駒に育て上げると決めたのだ。
 真に我の望み通りになるよう育てるには、我自身が骨を折らねばなるまい」
「あーそうかい」
 言い訳にしか聞こえないのは俺の気のせいだろうか。
 いくら手ずから育てるからって、ただの駒にこんな豪華な着物着せるもんかねぇ?
 ま、突っ込んだってこいつはまた色々言い訳考えてるんだろうけどな。
「で?その駒とやらにするための稽古は上手くいってんのか?」
 #奈々を抱き上げながら聞いてみる。
 元就はうってかわって得意そうに肩をそびやかした。
「見てみるか?」



 本日の獲物は木刀。
「……大したもんだな」
 たった一月で、#奈々の腕前は驚く程に上達していた。
 本気じゃないとはいえ元就を相手に一歩もひけをとらない立ち回りを見せている。
 リーチの短さを素早さで補い、攻撃を避けて回っては隙を見て攻めに転じる。
 成程これは将来相当の腕になるだろうな、と改めて感じた。
「確かに腕は上がって居る。だが……」
 鈍い音がして、#奈々の手から木刀が弾け飛んだ。
「やはりまだ甘いな」
 うわ、えげつねぇ。今のは全力込めて武器弾きにいっただろ。
 そのまま追い討ちをかけようとする元就。
 と、やにわに#奈々が地面を蹴った。
 身体が軽いのは小さいからかそれとも武術の心得の一つなのか、とにかく#奈々の身体は簡単に元就の頭上を越えた。
 元就は突然の事に呆然としたまま動く事も出来ない。
 予想外の事に咄嗟に反応できないのは、こいつの悪い癖だよな。
 そのまま後頭部に蹴りの一つでもくれてやるのかと思ってたんだが、
「破!」
「ぐ……はっ」


 大陸には、気功法なるものが存在するらしい。
 基本的には体内の『気』とやらを操る事によって心身を高める鍛錬法だが、
 熟練者ともなるとそれを応用して身体の強化や治癒力の向上、
 果てには体外へ放出して飛び道具や治療などにも用いる事が出来るんだそうだ。


「……マジかよ」
 まさかそれをこんな餓鬼が体得しているとは誰も思わないだろう。
 俺然り、元就然り。
 さしずめ今のは気功砲とでも呼べば良いんだろうか。
 ……いや、もっと定着しやすい名前がある気がする。
 波動拳とか波動砲とかかめはめはーとか何かそんな感じのが。
「……長曾我部」
 そんな気功弾(無難な仮名)をまともに背中に食らった元就がきっと俺を睨む。
「え、何で俺?」
「貴様、知って黙って居ったのか」
「いやいやいやいやいや、俺も今初めて見たんだって、マジで」
 手を振って否定すると、元就はそれでもまだ何か言いたそうにしていたが、結局そのまま黙って俯いてしまった。
 多分、やり場の無い怒りを抑えてるんだろう。
 もしくはまともに胃の部分に命中したせいで腹が苦しいのか。
「哥々!」
 元就の様子がおかしい事に気付いて、#奈々が駆け寄って来る。
 自分の攻撃のせいだと知ると、元就には分からない言葉で謝り倒しつつ、
 心配そうに顔を覗き込みながら背中を擦ってやっていた。
 俺にはよく分からないが、気功による治療を施しているのかもしれない。

 ただ、矜持の高い(加えて今はきっと機嫌が悪い)元就が、
 #奈々を叱りも怒りもせず、黙ってするがままにさせていたのが不思議だった。
 あにまるせらぴーの効果か、もしくは怒る気力も無いほどに腹が痛かったのか。
 どちらにせよ聞けば怒られるのはこちらに決まっているので聞かないことにした。



気功は好きです。ファンタジーとして
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