シリフ霊殿
Schild von Leiden

元親君の光源氏観察日記
 卯月某日 様子見延長の口実を作りがてら様子を見に行く。





 様子見期間延長について話を切り出すと、元就は意外にもあっさり了承した。
「何だ、あっさり認めたな。情が移ったか?」
 半分冗談の発言だった筈が、元就からは「そのようだ」と返ってきた。
 思わず口を開けたまま固まってしまう。(間抜けな顔をするなと散々馬鹿にされた。悪かったな!)
「え、何、マジで?」
「うむ」
「えっと、じゃあもしかしてお風呂とか一緒に入ったり?」
「恐らくな。くじ引きをしているのを見た事がある」
「……は?」
「何、使える内は世話をしてやる。士気も高まる事だしな」
 ……えっと。
「すいません、ぶっちゃけ気に入ったって誰が」
「? 毛利の兵だが」
 ですよね!
 そういえば元就の部屋は子供を傍に置いているにしては片付きすぎている。
 落書きや玩具は愚か、部屋に入れているような形跡も無い。
「兵達に当番制で世話をさせている。軍全体を纏めるのに中々役立つぞ」
 さも良い事をしている、と言わんばかりに淡々と語る元就。
「っかやろ……!」
「長曾我部?」
「お前が傍に置かなきゃ意味ねえだろうが!あに……」
「兄?」
「あ、いや何でもねえ」
 危ねえ危ねえ、言っちまう所だった。
「とにかく、#奈々連れて来い。良いモン見せてやっからよ」



 俺は#奈々を庭に連れ出すと、その手に訓練用の木刀を握らせた。
「貴様、子供にそのような非道な仕打ちをする気か?世も末だな」
「ちげーよ。いいから黙って見てろって」
 元就に聞こえないように小声で、アレ見せてくれよ、と囁く。
 #奈々は頷くと、スッと姿勢を変えて奇妙な構えを取った。
 大陸独特の武術の構えだ。
 向こうに居る時に預けられていた武道家の家で教わったものらしい。
 ちらりと元就の方を見ると、珍しく驚いた顔をしていた。そりゃそうだろうな。
 現に俺だって初めて見た時は驚いた。餓鬼の癖に中々どうして立派な腕前だ。
「どうだ?今のは剣術だが、この国にある大体の獲物は持たせりゃ扱えるぜ」
 ついでに一番得意なのは拳法だってよ。
 一通りお披露目した後にそう説明したが、元就は目を見開いたまま固まっている。
「……おーい」
 お約束として、とりあえず手を目の前でひらひらと振ってみる。
 と、次の瞬間目にも留まらぬ速さで胸倉を掴まれた。
「うお!いきなり何すん……」
「貴様、何故今まで教えなかった!」
「は?」
 あ、何かすげえ目ぇキラキラしてる。
 だってお前興味無かったんだろ、と言い訳するつもりだったが、
 元就の目つきはもはや興味が無いどころの話ではなくなっていた。
「荒削りでこそあるが見事な武芸の才、磨けばゆくゆくは相当の手練になろう!
 武器を選ばず素手格闘にも長ける、駒とすればこれほど頼もしい事はあるまい」
 ああ、やっぱそっち方面に話を持っていくのか。
 つーか、ついさっき#奈々に木刀持たせた時皮肉言った人間の台詞か、それは。
「あのな、#奈々はまだ餓鬼な上に女だぞ」
「なお良いではないか。こういうものは幼い頃から鍛えた方が良く育つ。
 更に女ならば腕に覚えのある者と添わせ、より強い子を成す事も出来る」
「おいおい」
 いつまで経ってもこいつの思考回路の突飛さは俺にはよく分からない。
 というかもしかして俺は教えちゃならない事を教えちまったんじゃないだろうか。
 悩む俺の姿なんか視界にも入っていないらしい元就は、
 うってかわって嬉々とした表情で#奈々を抱き上げて何事か話しかけている。
「明日からは我が稽古をつけてやろうぞ。その武芸を磨くが良い」
 #奈々は分かっているのか居ないのか無邪気に笑っている。
 好!と元気の良い返事まで聞こえた。
「長曾我部」
「あん?」
「今の言葉はどういう意味だ?」
「あー……『良い』『分かった』肯定だな」
「そうか、ならば良い」
 ああ通訳しなきゃ良かったか、と少しばかり後悔したが、
 #奈々が思いの外元就に懐いているのが健気で何も言えなくなった。
 実はこいつなりに元就に相手にされないの気にしてたんじゃないだろうか。



 ……まぁ、「せらぴー」もまずは興味を持つところからだよな。
 一度二度噛まれて懲りれば良い、と腹立ち紛れに思った。



このとき中華ブームだったんでしょうかよく覚えていません
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