シリフ霊殿
Schild von Leiden

ワンダリング・ジョッキィ
 一つ、お伺いしたい。出来れば元就様に近い思考を持つ人に。居ないか。
 内容は簡単、『名誉の負傷』の定義について。
 どういう理由で怪我をすれば、どの程度の怪我ならば名誉の負傷なのか。
 定義によってはあたしのこの怪我は名誉の負傷で誤魔化せると思うんだ。


 例え敵を倒した後に石ですっ転んだ所為の捻挫だとしても。


「い……っつー……」
 うわーものの見事に腫れ上がってら。
 たかが石程度でまさかこんなに手酷く捻るとは。
 敵が撤退した後のドジで良かったよ本当に。
 ……さて痛がってばっかりも居られない、とりあえず手当てしよう手当て。
 このままじゃ痛くて歩けもしない、イコール帰れない。
 えーと確かこの辺に薬を……げ、無いじゃん。
 毒薬睡眠薬解毒薬火薬爆薬傷薬まであって打ち身の薬だけ無いとかどんだけー。
 ああ、こないだ模擬戦で元就様にぶっ飛ばされた時に使った……のが最後?
 この辺水場無いから水で冷やす訳にもいかない。
 というか水が無いイコールここに座り込んでる間は水が飲めない。
 ちなみに食料は忍び用の携帯食がちょっぴり。
 これもそういえばこないだ摘み食いしてから補充してないなぁ。
 うわ、私今想像以上にやばかった。
 あーん格好付けて一人で暗躍して来ますとか言わなきゃ良かったよー!
 元就様も見越してた伏兵になんか拘らずに皆と戦ってれば良かったよー!
 途方に暮れてその場に座り込む。いや、さっきから座り込んでるんだけど。
 ああもう本気でどうしよう、そう思って大きな溜息を吐いた時。



「……#奈々?」
 救いの神にも等しい声があたしの耳に届いて来た。
 いやいくら何でもこれは幻聴だろうだってこの人が迎えに来てくれるなんて
「此処で何をして居る」
「も、元就様!ちょ、よりにもよってまさか元就様が来て下さるなんて、
 これ素敵な夢ですかそれとも死に掛けたあたしの走馬灯ですか?!」
「貴様、死にたいらしいな」
 げ、幻覚じゃなかった。
 本当に走馬灯見るかと思ったうっかり本音口走るんじゃなかった。
「足をやられたのか」
 地面に座り込んだままのあたしを見ながら元就様が言う。
 咄嗟に隠そうと思ったけど痛くてろくに動かせもしないのに出来る訳も無く、
 見事に腫れ上がった足をしっかりと見られてしまった。
「……#奈々」
「ええまぁこれはちょっとやられたというかやったというかー……名誉の負傷で」
「大方転んで捻りでもしたのであろう」
 ははは、ばれてーら。
「其方はそういう間の抜けた失敗しかせぬからな」
「すいません」
 褒められてるのかけなされてるのか。
 馬鹿な失敗ばっかりしてるのか重大なヘマはやらかさないのか。
 一応良い意味で言われてるんだと思っておきます。
「立てるか」
「は?はい、立つまでなら何とか」
「立て」
「はぁ」
 何だいきなり。
 とりあえず、鞘に収めた忍者刀を杖代わりにして何とか立ち上がる。
 足ががくがく震えて生まれたての仔馬のようなんですが、
 何だろうまさか次はこのまま歩けとか言われないよな。
 そう思っていると、不意に腕を引かれて身体が宙に浮く。
 やがてどさっと何かの上に下ろされる感触がした。
「……え?」
 気が付くと何かにまたがるように座っていて、視点が高い。
 背後には同じように誰かが座っている気配。
「帰るぞ」
「ええええええ!」
 元就様の馬の上だった。
 視点が高いのは乗っているから、背後に気配がするのは元就様が居るから。
「ちょっ、重いですって馬に負担がかかりますって」
「忍び如きそう負担でもあるまい」
「いやかかるでしょう人一人ですよ!?」
「それとも貴様は自分が忍びに相応しくないほど重いと思って居るのか」
「……思ってない、というか、思いたくない、です」
「ならば大人しく座っておれ」
「……はい」



 特に急がせる訳でもなく、ゆっくりぽくぽくと馬は城への道を進んでいく。
 成程これなら足は痛くない。当たり前だけど。
 精々降りる時には怪我してない方の足から降りないとな、程度。
 それにしてもどうして元就様は此処へ来たんだろう。
 伏兵は全て倒したから、伏兵の撃破に成功したことは分かる筈。
 それなら態々此処へ来る必要も無い筈なのに。
「元就様、あの」
「……其方が」
「はい」
 先を越された。
「勝鬨が上がっても本陣に戻って来ぬから」
「……はい」
 ええ、丁度それ聞いて戻ろうとした時に石に躓いてすっ転んだんです。
 それから後はずっとあの状態だったんです。
「まさか相打ちにでもなったのかと、思って」
「え、」
「振り向くでない!」
 元就様らしからぬ心配が飛び出してきたので、
 驚いて振り向こうとした途端すごい勢いで首を前向きに捻り戻された。
 ちょ、いだだだだだ元就様戻しすぎです百九十度くらい回転してますってこれ!
「こちらを向くな!」
「いだだだだだだだ向きませんから離して下さい元就様離して」
「今我の顔を見る事は許さぬ……!」
「……」
 そうまでして拒む顔を是非とも見たかったけれど、
 折角拾った命を無駄にしたくなかったので黙って顔を前に戻した。
 出来れば今はあたしだって顔を見られたくない。
 城に着くまでには戻っていますように、とただ願った。



ツンデレに戻ってきた元就様
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