「元就」
「む?」
声を掛けると、妖精は大福の欠片を頬につけたまま振り返った。
乾いて張り付いているそれを無言で剥がす。
痛そうだ。知った事か。
「貴様、いきなり何をするか!」
「最後の一個、しまっといたのに引っ張り出したね?」
「……貸し一つぞ」
「また願い事回数追加っすか……」
義理堅いというか何というか、
ここまで来るともうお前願い事叶えれば何しても良い気になってるだろと思えて来る。
「して、何の用だ」
「ああごめん、本題忘れてた」
事ある毎に願い事の回数をこうして増やしてくれるお陰で、実際の所消費が追いついていないのが現状だ。
我侭言うにしたって限度がある。
人間、普通に暮らしてれば他人に態々求める程の事なんて無いもんだ。
「元就って大きくなれるんだよね。持続時間ってどのくらい?」
「日輪が出ておる間はほぼ保つが」
「あ、じゃあ今度の日曜晴れにして」
「……それは願いなのか?」
「うん」
「……構わぬが」
とはいえ放っておくと先刻の通り願い事回数は日に日に溜まってゆくので、
「今度の日曜日、一日中大きい姿でいて、あたしに付き合って」
いっちょここらで派手に消費しておくかと思った訳です。
「……元就」
「む?」
何だ、折角の日曜に折角の十ウン倍サイズなのになんで冒頭と大して代わりが無いんだ。
三点リーダぐらいしか違いが見当たらないんだが。
「いつまで大福食べてんの」
「折角この姿で居るというのに貴様が何も願わぬからであろう」
「……」
小さい姿の時と同じ事してるだけなのに、ばくばく食ってる姿にこうも腹が立つとは。
手持ち無沙汰に大量の大福を召喚してくれたお陰で際限が無い。
ていうか妖精でもその量は流石にメタボとか糖尿とか警戒した方が良いですよ。
「お願いなら先刻したじゃん、服変えてって」
流石に全身緑のバッタのよーな格好の男に家に居られたくは無いので、
頼んで普通に今時の青年が着てそうな服に替えてもらった。
集金の人とかに見られても困るし。
「あれしき、態々願われるまでも無いわ」
いや、こっちはそもそも願い事に含めて欲しくてお願いしてるんだけどね。
溜息を吐きながらお湯を沸かす。妖精は緑茶が好きだ。
「……あ、お茶っ葉切れてる」
「何!?」
や、そんな悲痛な声出さんでも。
「元就、買って来てよ。お茶っ葉とついでに卵とめかぶともずくとオクラ」
「は?」
うわぁすっごい嫌そうな顔した。
「無いんだもん。買って来てよ、お願い」
「……出せば良いのであろう」
「まぁそうだけどって空中に出すな卵ーッ!」
……あーあ。
「何処へ行く」
「買って来るんです!」
下らん願い事したあたしが馬鹿でした!
軽い自己嫌悪にさいなまれつつ財布を持って玄関に立つと、当然のように元就も後ろについて来た。
「元就も来るの?」
「今日一日付き合えと申したのは貴様であろう」
「……うんまぁ」
まぁ、服装は別に変じゃないしいっか。
帰り道、元就は何も言わずに買い物袋を持ってくれた。
買い物に行くのは嫌で荷物を持つのは良いのか。不思議な判断基準だ。
「……貴様、我にさっさと帰って欲しいのか?」
袋の中を覗き込みながら元就が言う。
「何、いきなり」
「下らぬ願いばかり続け様に言われたからな」
「……」
まぁ、あんたはそれすら面倒がってましたけどね。
「そこまで我に願いを叶えられるのが嫌か」
「や、別に嫌って訳じゃないんだけどね」
ただちょっとこうね、次々溜まっていくとね、何だか無理にでも使わなきゃならないような気がしませんか。
例えて言うなら宿題が溜まっていく気分というか。
分からないかな。分からないよな。
「……もし我が煩わしいのであれば、帰れと願えばそれで済む話……」
うーかんかんかんかん。
元就の言葉はけたたましいサイレンに掻き消された。
「何だ?」
「消防車だね。どっかで火事でも起きたかなー」
真っ赤な車体は道交法を無視しながら横を通り過ぎていく。
この調子で行くと進路は……
「……もとなり」
「何だ」
「あの消防車、何処に向かってるのか調べて」
「? 何故そのような」
「お願い」
「……」
元就は首を傾げてはいたけど、千里眼でもするように遠くを見、そして
「……!」
ああうん、大体その反応で察したわ。
「貴様、まさか」
「うん、はは……馬鹿だ、あたし……」
お薬缶、火に掛けっぱなしだったじゃん……
「#奈々」
元就のえらくしっかりした声が聞こえた。
「我に願え、#奈々」
「は?」
「これしきの事、我にかかれば造作も無い」
「……うんまぁ、そうしたいのは山々なんですが」
溜まっていたお願い回数は五回。
『日曜日晴れにして』
『一日付き合って』
『買い物行って来て』
『消防車の行き先教えて』
次でめでたく残りゼロだ。
でもまぁ何ていうか、
「自主的にはやってくれないんだ」
「規模が大きいからな。人間の願いの力を借りねば遣り切れぬ」
「……そっか」
何となく、使い切ってしまうのが惜しい。
いや、今まで散々回数減らそうとしといて今更何だとは自分でも思うけど。
「#奈々」
「ん、もーちょっと待って」
恐ろしい事に今この妖精と自分の財産一式を天秤に掛けようとしている、あたし。
「せめて願い事が後二回あったら良いんだけどねぇ……」
そしたらもう少し早く結論が下せるんだけど。
「分かった」
「へ?」
「最後の願い『回数を二回に増やす』。さぁ、後二つ言うてみよ」
「……いやあの」
「それが貴様の願いであろう?」
「……まぁ、そうだったんですけどね……」
願い事増やせは邪道だろ、普通。
まぁいいや。
「元就」
「何だ」
「あの火事、無かった事にして」
「……承知した」
家に帰り着くと、元就はぽてんと倒れ込んで小さくなってしまった。
多分力を使いすぎたんだろう。無理も無い。
摘み上げてソファのクッションの上に安置してやる。
労いに大福でもあげたい所だけど、
元就が召喚したのは小さくなった時に消えてしまったから又買って来ないといけない。
……お茶は、帰ってから沸かそう。
「元就、大福で良い?」
「……豆と苺ぞ」
二つかよ。今さっきダウンしたばっかの癖に元気だな。
「そういえば残り一つの願いを聞いておらぬな」
「あー……今聞いても叶えられないでしょ。今度で良いよ」
「……む」
「じゃあちょっと大福買って来るから」
「白餡も付けよ」
「……願い事更に一回増やして貰うよ?」
「うむ」
だから乗るなって。
リクエストを受けまして続き。お約束お約束