シリフ霊殿
Schild von Leiden

10cmもとなりさん
 どっかの漫画にあったな、こういうシチュエーション。
 何だっけ、あれはマグカップから出てきたんだっけ。
 ゴミ捨て場に捨てられてたんだっけ。
 塀の隙間から白い手に手招きされたんだったかもしれない。
 まあいいや、とにかくこんな間抜けなシチュエーションじゃなかった事は確かだ。
「世話になる礼だ、一つだけ願いを叶えてやろう。何なりと言ってみるがいい」
「とりあえずあたしの晩飯を返せ」
 そのオクラ、刻んでサラダにするつもりだったのに。



「む、そんな事でいいのか?」
 『それ』は、えらくぞんざいな口調でそう言ってちまっと首を傾げた。
 晩御飯のオカズの切り口からぴょいっと飛び出てきた、それ。
 今はシンクの上、まな板の隣にちょこんと立ってる、それ。
 体長、目分量で測っておよそ10センチ。
 全体的に緑っぽい服装と大きさ以外は普通の人間と変わらない。
 とはいえ出て来たショックで粉々に飛び散ったオクラはもはや戻らないだろう。
 アーメン。
「まさか、我の力を侮っているのではあるまいな」
 びしっと小さなハタキのようなものをあたしに突きつけてくる。
 例えばこれが本当に妖精で魔法か何か使えるとして、それならこれがステッキなんだろうか。
 どう見てもハタキです本当に(以下略)。
 いやいやいやいや落ち着けよあたし、こんな馬鹿な現実があってたまるもんか。
 そうだよいくらあたしに妄想癖があるからってこんな間抜けな妄想、
「な、何だ?何をする!」
 ひょいっと摘み上げれば僅かな体重と、じたばたと可愛い抵抗の感覚。
 嗚呼あたしも随分リアルな妄想ができるようになったもんだ、と思う。
 いやーリアルだったよ、オクラが弾けて妖精が出てくる辺りなんか特に。
「放せ!焼き焦がすぞ!」
「喧しい、クールなふりしてきゃんきゃん騒ぐなこの氷結オクラが。
 解凍モードの後ゆるやかあっためで見事なツンデレにしてやる」
 とりあえずこれが夢だろうが現実だろうが摘み出してしまえば終わりだ。
 ていうか料理しながら夢見るって軽くやばいよねあたし、
 オクラ切りながら手ぇ切ったりとかしてないかなアッハッハ。
 願わくば包丁を持つ前から夢でありますように!


 ばたん ピッ ブゥーン……


 ……数分後、我に返ったあたしの手によってオクラ太郎(仮)は電子レンジから救出された。
 オクラみたいな兜を被ってぴるぴる震える姿は結構可愛かったけど、
 言おうもんならまた面倒な事になるだろうから墓場まで持っていこう。





「我は毛利元就という」
 電子レンジから救出されたオクラ太郎(仮)……もとい毛利元就は、
 自分の身体ほどもある大福をもちもちと頬張りながら言った。
 そんな事より恐ろしい勢いで大福を平らげていくのに目を奪われる。
「人間の願いを叶える為にやって来たのだ」
「へぇ」
「うむ」
 もちもちむぐごっくん。
「それで何であたし」
「叶える人間が誰かはらんだむだ」
「……へぇ」
「うむ」
 もちもちむぐむぐ。食べ終わるのを待つ事にしよう。


「では改めて、貴様の願いを叶えてやろう」
 口元の餡子を拭いながら立ち上がって、びしっとあたしにハタキを突きつける。
 本当に何でハタキなんだろう。ステッキだとしてどうしてこんな形状なんだろう。
 楽器じゃないからオクラでポン!なんて事も無さそうだし。
「というかいきなりそんな事言われても困るんだけど」
「何でも良い、言え」
「そんな事言われたってぱっと思いつくもん無いし」
 金とかそういう現実的なものを妖精に頼むのはちょっとどうかと思うし、
 あの人との恋を叶えて欲しいなんてロマンチックな願いもさしあたって無い。
 四次元ポケットが欲しいっていうのもちょっと何だし。
 という訳でぱっとは思いつかない。
「態々アンタみたいなのに叶えて貰う願いは今のとこ無い」
「早うせよ!」
「待ちきれないなら電子レンジの中でゆっくり待っててもらっても良いんだよ」
「……!」
 ぴゃっと縮こまって大人しくなるのが面白い。そんなに怖かったのか。
 少なくとも猫入れるよりは実害無さそうに見えるんだけど。
「き、貴様の願いを叶えぬ内は戻れぬのだ……!」
 縮こまりながら訴えてくる事は何だかセオリーっぽい制約。
 まぁそんなに金のかからなそうなペットを飼ったと思っておく事にして、
 とりあえず一言。
「戸棚から勝手に大福出して食い始めた時点で覚悟はしてたよ」


 そんな訳でこの日からオクラ太郎改め毛利元就はうちに居候する事になった。





 居候っていうのは定義的に家に居座る事だよね。そうだよね。
 決して人様の鞄の中に勝手に入り込んで学校について来る事じゃないよね。
「さーて電子レンジは何処かなーコンビニ弁当用のが食堂にあったかなー」
「は、離せ!」
「却下」
 仔猫よろしく首根っこを掴んで宙ぶらりんにしながら廊下を歩く。
 妖精が万人に見えるものなのかそもそも怪しいし、
 見えたとしてもこのサイズじゃ精々人形ぐらいにしか思われないだろう。
 だから動くな。それで全て解決だ。
「き、貴様が急に願いを思いついたら叶えてやる為に……!」
「心配しなくても思いついたら帰り次第言うから」
 うわー宿題忘れちゃったー助けてナリえもーん、とか言わないから。
 安心して帰れ。そろそろ周囲があたしの一人芝居に気付き始めた。
 今願いといえばとりあえず彼等の視線をあたしから逸らして欲しいけど、
 それもお前が居なくなれば全て解決。だから帰れ。
「くっ、とにかく離……何だ、あの下手な字は」
「あーうちは字が下手な奴多いからなー掲示板くらい丁寧に書いて欲しいよねー。
 あれはワックスかけたので階段や廊下が滑ります注意って書いてあるん……」

 ずるり。

 今願いといえばとりあえず痛く無いようにして欲しい。
 階段の一番上から踊り場に向かってダイブしても痛く無いように。
 けどこれもお前が居なければ起きない事だった。だから帰れ。
 いや、今帰って貰ってもどうしようもないんだけど。



 どさ、と倒れ込んだ下には柔らかい感触。
 あれっ痛くない。すごいやねがいごとがかなったね。
 という事はつまり毛利元就はもう妖精の世界に帰ったんだろうか。
 確かに先刻までぎゃんぎゃん騒いでいた声が聞こえない。
「ねーあの人誰?」
「何かちょっと格好良くない?」
 とりあえず願いを叶えて貰ったんだからお礼ぐらいは言おうと思ったのに。
「ていうかさっきまであんな変なコスプレした人いた?」
 そういえば目の前に居るこの人は随分と毛利元就に顔が似ている気がする。
 違うのはサイズくらいだ。
「痛くなかったのなら退け」
 ……
 今度こそ夢かな、これは。
 しかし連行する電子レンジが無い。そもそも首根っこを掴めるサイズじゃない。
「何だ、貴様の願いは『痛くないようにして欲しい』では」
「待ってとりあえずお前黙ってて」
 流石に夢のようなシチュエーションも二度目となると落ち着いて対応出来る。
 するべき事は二つ、こいつに余計な事を喋らせない事とここから逃げる事。
「うわぁなり兄ちゃんじゃないどうしてあたしの学年にいるのぉ?
 ていうかたいへんケガしちゃってるじゃない今すぐ保健室にいかないとー」
 鬼のような棒読みと共にあたしは毛利元就(大)の腕を掴み、恐らく今誰も居ないであろう準備室へ駆け込んだ。
 後で思い出したけどそういえば保健室は反対方向だった。



「……あんた毛利元就だよね?」
 とりあえずあたしを庇って作ったらしい傷の部分にハンカチを巻きながら聞く。
「いかにも」
「何ででかいの」
「貴様が願ったのであろう?」
「いや、そんな願い事した覚えは無い」
 確かに痛く無いようにして欲しいとは言ったけど、大きくなってとは言ってない。
 そもそも願いはしたけど口に出してお願いしたかどうか記憶が無い。 
「痛いのは嫌だと言ったのを願いと解釈して叶えさせて貰った」
 横暴だなおい。
「ていうか、大きくなるしか助け方は無かった訳?」
「願いを叶える為にはこの姿になるしか無かろう?」
「……え?」
 何だか今会話に妙な齟齬が発生したような。
「我は日輪の力でこの姿になっている時だけ願いを叶える事が出来るのだ」
「へー……で、下敷きになる以外に方法は?魔法とかそんなんは?」
「日輪が出ていなければ使えぬ」
 ふっと窓の外を見ると見事な曇天。成程。
「それで、だ」
 急に真面目な顔でこちらを見て来る。
 ああ帰るのかと思ってあたしも少しくらい真剣な顔で見返した。
「この手当ての礼をせねばならぬ。願いを一つ言え」
「……」
 義理堅いのは嬉しいけど何という無限ループ。
 願いって先日から延々悩んで今さっきやっと強引に一つ叶えて貰った所じゃないか。
 何て返事をするべきか悩んでいると、毛利元就は見る間にしおしおと縮んで元のサイズに戻ってしまった。
 大きくなるのにも制限時間か何かがあるらしい。
「貴様が早う願いを言わぬからだ!」
 何やらまたぎゃんぎゃん言っている。
「また大きくなればいいじゃん」
「……明日までなれぬ」
 一日一回とかそういうオチですか。
 まぁ振り出しに戻っただけだからと自分を慰め、準備室の扉を開ける。
 そういえばもう予鈴鳴ったよねこれは絶対。
「おい、貴様」
 肩口によじ登りながら耳元で毛利元就が叫ぶ。
「貴様じゃない、#奈々」
「#奈々、我は大福が食べたいぞ!」
「……願い事プラス1回」
「乗った」
 乗るな。



おし♪りが♪つっかえない♪って尻振ってて欲しくて
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