シリフ霊殿
Schild von Leiden

女豹の戯れ
 どうも外が騒がしいので様子を見に来たら、丁度自分の舎弟がカツアゲをしている最中だった。
 あー、ありゃこの辺のお坊ちゃま校の制服だな。
 さぞかしたんまりお小遣い持ってる事だろう、可哀想に。
 しかし幸か不幸か向こうも黙って財布を差し出す程気弱では無かったらしく、
 柄の悪い連中に囲まれて突っつかれながらも気丈に睨み返している。
「……あれ?」
 ふとその気の強そうな目つきに覚えがある気がしてそちらへ近付く。
 ちょっと退け、と言うと舎弟共はあっさりとお坊ちゃんから身を引いた。
「ふむ」
 見やすいように顎を掴んで顔をこちらに向けさせ、しばし観察する。
 その辺の餓鬼と違って泣き喚いたりしないので観察は容易だった。
「お前、就……毛利元就か?」
 小学校の頃のクラスメイトの名前を呼ぶと、警戒していた目が驚きに見開かれた。
「……我を知っておるのか?」
「あ、やっぱあたしの事分かんないか。まーそうだろうとは思ったけどなー」
 高々数年クラスが同じだっただけの仲。
 中学が分かれてから今まで顔を見る事も無かった友達。
 まさか高校生になってこんな所で不良の親玉やってるとは思うまい。
「あたしだよ、あたし。#奈々」
「#奈々……!?」
 予想以上に驚かれた。
 まぁ無理も無いか、昔はむしろこいつがあたしの面倒見てるような感じだったし。
 あれだ、あたしにも可愛い時代はあったって事で。
「#奈々さん、こいつは……」
「あー、あたしの知り合い。手ぇ出すなよ」
 背後から声をかけてきた一人にひらひらと手を振って答える。
 部下全員が大人しくその場から引き上げたのを確認して、地面に座り込んだままの就に手を差し伸べた。
「災難だったな」
「貴様、あのような者共と……っ」
 折角差し出してやった手は意地でも掴む気は無いらしい。
 よろよろと立ち上がったかと思うと、すぐに顔をしかめて座り込んだ。
 突き飛ばされた時に捻りでもしたのか、左足が靴下の上からでも分かる程に腫れ上がっている。
「お前、怪我してんなら言えよ」
「大事無い」
「いや大事あんだろ、立ち上がれてないし」
 肩を貸そうと再度手を差し出すが、首を振って拒絶する。(この野郎、人の折角の善意を)
 仕方が無いので背中と膝の裏に手を回し、腹の上に鞄を置かせて抱き上げた。
「よっ」
「な……!」
「送ってってやるよ、家引っ越したりしてないだろ?」
「い、要らぬわ!降ろせ!」
 思ったより体重が軽くて腕に負担はかからなかったが、何しろ抵抗がすごい。
 何をそんなに暴れる事があるか、と考えて気付いた。
 この格好、何処からどう見ても立派な『お姫様抱っこ』じゃないか。
 あれま、とは思うけど今更降ろして別の体勢で抱き上げ直すのも面倒だ。
 それにこの体勢の方がバイクに乗せやすい。
「ほら暴れんな!落とすぞ」
 落とすぞ、と言った途端抵抗がぴたりと止む。
 苦笑しながら大人しくなった就を抱えてバイクに跨った。
 エンジンをふかすと、就が真っ青な顔であたしの服にしがみついてくる。
 ああそうか、こいつ絶叫系とかスピード出るの苦手だったっけ。
 しっかり掴まってろよ、と笑いながらアクセルを踏んだ。





 就の家は共働きだ。これは今も変わってないらしい。
 電気のスイッチの場所も就の部屋の場所も一緒。当たり前か。
 部屋のベッドに就を座らせて、捻った左足首の手当てをする。
 といっても湿布貼って包帯巻く程度のもんだ。
 まぁ、そう酷い怪我でもないしこれで十分だろう。
「……手馴れて居るのだな」
 ちゃかちゃかと足首に包帯を巻いていくあたしを見て、就がぽつりと言った。
「そりゃまあ、ああいう奴らと一緒に居る訳だし」
 どうしても諍いだの小競り合いだので生傷は絶えない。
 打ち身捻挫は当たり前、擦り傷切り傷脱臼骨折、即病院行きの怪我だってある。
 最低応急処置の仕方ぐらいは身につけておかないと、実はやってられない。
「何故そんな輩と付き合って居る」
「さーなんででしょーねー。……あんま人ん家の事情に首突っ込むなよ」
「……女子の癖に」
 就の手がすっと伸びて、あたしの二の腕に触れる。
 何すんだそこまだ傷治ってないのに、痛いじゃないか。
「この細い腕で、あやつらと同じような事をしているのか」
「……悪いかよ」
 お返しとばかりに手当てし終わったばかりの足首から太腿までを撫で上げる。
「お前こそ、ほっそい足」
 ついでにこちらに伸ばされた手も同じように撫でる。
 思った程抵抗が強くないので、調子に乗って腰に手を回した。
 何だだの放せだの喚きながら必死に抵抗してくるが振り解く程の力は無い。
「細い手、細い体、女みたいな顔」
 一々びくりと震えて反応を返してくるのが面白い。
 その面白い反応を恥と思うのか強く睨んで来る姿を見て、悪戯心が湧いた。
「貴様、好い加減に……!」
「……なぁお前、嫁に貰ってやろうか」


 例えばキスしてやったらどうなるのか とか



「……就?」
 てっきり拳か平手の一つも飛んでくるものだと思ってたから、何も来ないのに拍子抜けした。
 見れば真っ赤な顔をして、触れられた唇に手を当てたまま呆然としている。
 おいおい何だ、こいつもしかして初めてか。
「就?」
「……か、く」
「あん?」
 じわり、とその目に涙が浮かぶ。
「不覚……このような形で、操を奪われるなど……」
「や、操ってそんな大袈裟な」
 大体この時代その性別でお前その貞操観念はおかしい。
 笑い飛ばしてやろうかとも思ったがどうやらマジ泣きっぽいので止めた。
 ちょ、おい、嘘だろ。
「あー、就……その、悪かっ」
「去れ!」
 就に睨まれている、と感じたのはそこまでだった。
 叫んだ事でタガが外れたのか、涙はもう惜し気も無く溢れ出して頬を伝っている。
「就、」
「貴様の顔など……もう、見たくもないわっ……!」





 まぁ、それで本当に出て来るあたしもあたしな訳ですが。
「……悪い事しちまったよな、やっぱ」
 ふっと見上げる二階の部屋にはまだ明かりが点いている。
 今もまだあの部屋で泣いてるんだろうか、とぼんやりと思った。
「あー……流石にやりすぎたか?でもなぁ……」
 あの貞操観念は異常だろ、マジで。
 勿論あたしにだって貞操観念が無いとは言わない。
 むしろこれでも相手はきちんと選んでるつもりだ。
 経験が無いといえば嘘になるが、遊びでそういう事をしたりさせたりした事は無いし、する気も無い。
「……あれ」
 じゃあさっきのは何で。
 確か話してる内に初心だなーと思ったからちょっとからかってやろうと思って、
 そしたら予想以上に可愛らしい反応が返ってくるから止まらなくなって、

『嫁に貰ってやろうか』

 あれは一体どういう心算で言ったんだったか。



「……あー何か考えても無駄だ!ちょっくら転がして帰るか」
 これ見よがしに大きくエンジン音をたててバイクを走らせた。



実は女性優位の方が萌えるんだ、という主張
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