シリフ霊殿
Schild von Leiden

最後に笑うのは私
「なあ、分かってっか」
「なーにーチカたん」
「だからチカたん言うなっつの」
「繰り返しますがたん付けイコール萌え系とは限りませんよ。塩タンとかスカポンタンとか魔理沙たんとかさ」
「最後の明らかに萌え系だろ。つーかスカポンタンって古いなオイ」
「いやいや最近リメイクされましたよ」
「まぁな」
「それで何を分かってるって?」
「残り一時間きってんぜ」
「必要な単語をはしょって話す癖をつけると将来困ります」
「毛利との約束の時間まで」


 チカでこを机と強制キッス。(ドガッとか小気味の良い音がした。)


「いでぇえ!おま、何しやがん……ッ!」
「だーって折角現実逃避してたのに現実に引き戻すような発言するからーぁ。
 ほら見てよ、テンション高いのがウリのあたしが世界恐慌並みにテンション下げちゃって」
 それでも貴方はかの社会主義国ソ連のように何の打撃も受けはしないのね。
 ああ、段々虚しくなってきた。
 ていうかこれの原因は十中八九テメーだろうが元親コノヤロー。
「まああれだ。毛利だって馬鹿じゃねえんだし、ちゃんと話せば分かってくれるって」
「チカたん馬鹿だもんね」
「一言余計だっつの」
「はぁ……毛利様……話せば、ハルヒあたりで妥協してくれるかなぁ?」
「うん、お前ならそういうボケをかましてくれると思ってたぜ俺は」
 現実の果てまでBoooon!! ……微妙だなぁ。
「だってどうせ踊るなららきすたよりハルヒの方が踊りやすそーじゃん……
 制服だってらきすたのよりハルヒの方が毛利様似合いそうだしさ……」
「お前いい加減にその毛利に対する偏見を捨てろよ」
「だって毛利様だもん」
 毛利様だからです←結論。あ、やっぱこっちのフレーズの方がしっくりくる。





 うちの学校の生徒会長、毛利元就。
 通称『毛利様』。
 あたしの中で毛利様といえば、何でも上記のフレーズで片がつく。
 例えば学校帰りにUFOが迎えに来たって、どっかの組織の実験体だったって、
 実はあたしの事が好きだったりしたって。
 ……ごめん、最後の却下。
 現実逃避してたはずなのに自分で引っ張り出してきちゃったよ。
 そう、これだけは却下。
 例え何が真実でもこれだけは認めたくない。
 だって、何でよりにもよってあたしなんですか。
 好きになる相手だったら、そのへんにスレイヴがいくらでも転がってるでしょうに。
 あたしは半分おふざけ状態で毛利様とか呼んでたけど、別にスレイヴとかそんなじゃないんだ。
 ……まぁ一応フォローしとくと、毛利様に興味が無い訳でも、ない。
 毛利様に興味が無いんじゃなくて、恋愛そのものに興味が無い。
「そんなだからお前実年齢マイナス彼氏いない暦イコールゼロなんだよ」
「別に気にしてないもん」
「ちなみに初恋したのいつだ?」
「さっきの引き算の例を用いるならマイナスいくかな」
「マジかよ」
「マジです。だからね……」
 正直言うと毛利様にどう反応していいか分からない。
 確かに嫌いじゃなかったよ。むしろ好きな部類でしたよ。
 でも、廊下で見かけてああ綺麗だなあって見惚れて、それで満足だった。
 何ていうのかね、鑑賞用?
 だから好きだと言われたって今更よろしくお願いしますとは言えないし、
 かといってごめんなさいするのも心苦しい。
「お前、それってよ……あ」
「遅い」
「ですよねーやっぱり今更そんな変な矛盾点に気付いても遅すぎるよね」
「いつまで長曾我部と油を売っておる気だ」
「えっそんな、まだ六時には五分前ですけど」
「煩い。我を待たせるな」
「あいすいませんー五分前行動忘れてましたー」
 ……アレ?あたしチカたんと話してんじゃないの?
「行くぞ」
 ぐいっと首根っこを掴まれる感触。
 そのままずるずると教室の外へ引きずられて行く。
 まさかと首を捻って見れば、案の定そのまさかだ。
「……った、助けてチカたん!」
「無茶言うな。つか、チカたん言うなっつってんだろ」
「わぁぁんそんなぁ人でなしー!チカたんのばかばか酷いよーぅ!」
「口調萌えキャラっぽくしても可愛くねえからー」
 ちくそー!
 チカたんめ、実は手芸部に入ってるって皆に言いふらしてやるからなぁー!





 さて。
 ここまで来てしまったからには#奈々、17歳女盛り、すべき事は一つだ。

 毛利様がらきすたを踊るのを全力で阻止する。

 だってねぇ、普通に踊る分にはあたし的には全然構わないただのネタなんだけど、
 (あ、でもスレイヴ達の中の毛利様像は色々と瓦解しそうだ)
 式典で踊るとなるとやっぱやばいだろう。先生の目とかさ。らきすた知らないパンピーの目とかさ。
 何より次の式典って文化祭じゃん。
 先生とか来賓とか入学希望者とかその保護者とかパンピーが普通にいるじゃん。
 あ、でも中夜祭とか後夜祭とかで踊る分にはっていやいやいやいやいや。
 しっかりしろあたし、意識を集中するんだ、らきすたを止める事だけに……!
「もっ毛利様、」
「その呼び名は止めるように言った筈だが」
「すいませんそうでした、毛利!」
 いかん、しょっぱなからつまづいた。
「ところで、らきすたって四人いないと踊れないんですが大丈夫ですか?」
 確か複数パートで別々に踊る部分があった筈だ。
「我と、副会長、会計、書記、四人いるのではないか?」
「その手があったか!」
 そういえば生徒会メンバー全員スレイヴでした。(チカたん情報)
 毛利様が踊れって言えば踊るわ、それは。
 例えハルヒで妥協してくれたとしても、あれも五人だしなぁ。
 毛利様の人望(?)があれば、もう一人くらい簡単に調達できるよね。
「えっと、踊るなら曲の方は」
「それなら長曾我部がCDを持っていたので借りた」
 チカたぁぁぁん!!
 お前さっきやけにトイレ長いなとか思ってたらそれか!
 そうまでして毛利様にらきすた踊らせたいのかよぅコノヤロー!
 ていうか何でCD持ってるんですか?
「始めるぞ、
 えーと、えーと、えーと。
 どうしよう、もっと時間稼ぎしなきゃ。良い言い訳が浮かぶまで。
「えーと、ていうか何で毛利さっ……やべ、えーっと、毛利は、らきすた踊ろうとか言い出したんでしたっけ?」
 危ない危ない。
 死に物狂いで言うと、毛利様は踊ろうと振り上げていた手をぱたりと下ろした。
 呆れたような途方に暮れたような、何とも言えない表情であたしを見つめている。
「其方、覚えておらぬのか」
「えっと」
「其方が言ったのであろう?」
「はあ」
「この踊りを踊るのと同じ位ありえぬ事だと」
 一難去ってまた一難 ぶっちゃけありえねぇ☆
 しまったこれらきすたでもハルヒでもない。
 んな事言ってる場合じゃないか。えーと。
 もしかして毛利様、あたしの言った事気にしてました?
 様、の部分を何とか省略して恐る恐る聞くと、毛利様は眉間に皺を寄せて悪いか、と言った。
「馬鹿じゃないですかあんた」
 あ、言っちゃった。
 眉間の皺が更に深まったのが分かる。
 やばいねこれは、怒らせたね。
「……それより他に、其方に信じさせる方法があったとでも言うのか?」
 じりじり迫ってくるからじりじり逃げて、壁にぶつかって止まる。
 やばい、やばい、これ完璧怒らせた。
「こうでもすれば信じたか?」
 顎を掴まれ、上を向かされる。
 目の前には毛利様の整った顔。
 あ、やばい、これあたし気絶するわ。
 そう思ったのを最後に、本当にあたしの意識は遠くに飛んだ。





 目が覚めると時計は六時十分、場所は保健室だった。
 怪我人が大好きな保険医がとても残念そうな顔をしていて、毛利様はあたしの枕元で冷や汗をかいていた。
 すんません、神経すり減らさして。(でも守ってくれたんですね、ありがとう)
「……すいません」
 布団に顔を半分埋めながらあたしは言った。
「すいません、もういいです」
「……何がだ」
「ありえないとか言った事。幾ら何でもあんな事されたら、認めない訳にいかないじゃないですか」
 ていうか最初からそうしててくれ。いや、本当にされたら困るけど。
「から、らきすた踊るのは止めといて下さいね?」
 月曜日なのに機嫌悪いのどうしてくれるよ?あんたのせいだよ!
 ああ、オチがここに来た。
「あたしはそーゆー事しない、いつも通りの毛利……が、好きですから」
 まぁ当初の目的は果たせたし、別にいっか。



「好きだってよ。良かったな毛利」
「あ、チカたん」
 チカたんと並ぶと毛利様は案外小さい。
 単にチカたんに頭ぐりぐりされてるせいもあるかもしれない。
 でもあたしはそんな事より、あたしが好きと言った途端真っ赤になった毛利様の方が驚きだった。
 うん。これはね。
 今まで何でも例のフレーズで片がついてたけど、こればっかりはそうもいかないかもしれない。
「毛利様」
「だからその呼び方は止めよと……」
「今度からナリたんって呼んでいいですか」
「は?」
 盛り上がりー盛り下がりー恋したりーまだ内緒にしといてチカたーん。
 でないと手芸部の事バラすから。



血迷って元就様が乙女になりだした期
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