シリフ霊殿
Schild von Leiden

かわいい口元
 初めまして、#奈々と申します。
 生まれは異国の商家でございますが、ある時この近くの海で嵐に巻き込まれ、難破した船から一人浜辺に流れ着きました所を、
 ある優しい方にお助けいただき、その方のお陰でこうして女一人つつがなくこの国で暮らすことが出来ております。
 それといいますのもその方が本当にお優しい良い方でして、
 #奈々という私の日本名も、その方が考えて下さった程なのです。
 いえ、別に皆様からすればこれしきは何という程の事でもないかと思われますが、
 私がぽろりと口にした話を我等がザビー様がいたくお気に召され、是非とも皆様にお話しして差し上げるようにと仰いましたので、
 何の面白みも無い身の上話ではございますが、本日は愛のため恥を忍びまして、しばし語らせていただこうかと存じます。





 その方のお名前はサンデー様、サンデー毛利様と仰います。
 当初は何分日本語も堪能でなく、周囲に倣って元就様とお呼びしていたのですが、
 気を使う事は無い、その名は愛を信じると決めた時捨てたのだからと言われ、
 洗礼名のサンデーで呼ぶ事をお許しいただいたのでございます。



 初めてサンデー様(当時は元就様とお呼びしていましたが)とお会いしたのは、
 先にお話しした嵐の日から数日後、サンデー様のお城の中ででございました。
 何でもサンデー様が朝日を浴びる為海岸へお出かけになられた際に、浜辺へ打ち上げられていた私を偶然見つけられ、
 息があるのを知って、直ぐに傍の者に命じてお城まで連れて行かせたのだそうでございます。
 数日後、私が目覚めたと知ったサンデー様は私の部屋へおいでになり、
 何があったのかとか、身体は大事無いかという事をお聞きになりました。
 ですがお恥ずかしい事にその時分私は全く日本語というものを存じ上げませんで、
 家族を失ったショックというのもあり、全く口を利く事が出来ませんでした。
 そこでサンデー様は四国へ使いを遣り、異国語に通じているという方を通辞に寄越して下さいました。
 後でサンデー様に聞いた所によりますと、その方は船で諸国を巡り、珍しい物を集めるのを生業にしていらっしゃる方で、
 職業柄色々な国の言葉にお詳しかったのだとの事でした。
 白い髪と紫の眼帯をしたそのお方は、床に臥した私に気さくに話しかけて下さり、
 せめて少しでも元気が出るようにと、色々な話を聞かせてくださいました。

「しかし、元就も何でわざわざ俺に通辞頼んだんだろうな。
 俺程じゃねえだろうが、あいつも確か少しは異国語できた筈だと思うんだがなあ」
「あの方は、元就様と仰るのですか?」
 私が自分を拾って下さった方の名を知ったのは、実にこの時でございました。
「その元就様も、異国語がお出来になるのですか?」
「おう。あいつ最近九州の方に頻繁に出掛けてるらしいからな。
 あの辺は最近何とかいう宗教の影響で異国の人間やら異国語がやたら多いんだ」
「異国……」
 未練がましい事に、私はそこに死んだ家族の幻影を見たのでございます。
 そんな私の様子を察して下さったのか、その方はサンデー様を呼ぶと何やら仰いました。
 日本語が理解出来るようになった今では、その意味も察する事が出来ます。


『九州に連れていってやりな。あそこなら異国のものも多くある。
 家族を亡くして辛い所だろうが、少しは気も紛れるだろ』


 私を九州へ連れて行く事は快く承知して下さったサンデー様でございましたが、
 嵐を潜り抜けた私の身体の方が大分弱っておりまして、
 それに何よりサンデー様のお手を煩わせぬよう日本語も励まねばなりませんでしたから、
 お供として九州へ行く事が出来るようになるまでに半月程かかってしまいました。
 それでもまあ、九州に降り立ったときのあの感動といったら!
 勿論遠い祖国にこそ及びませんでしたが、そこには私にとって懐かしい何もかもがありました。
 病み上がりの身体で子供のようにはしゃぐ私を、
 サンデー様は少し心配そうに、それでも安心なさったようなお顔で眺めておいででした。
 ひとしきり祖国を堪能した私に、サンデー様はおもむろにこう仰いました。
「其方に会わせたい方が居る。ついて来るが良い」
 そう、そのお方こそ、我等がザビー様だったのでございます。
 ザビー様は教徒の皆にして下さるように柔らかい笑顔で私達を出迎えて下さり、
 私の亜麻色の髪に目をやるや否や、何処の国の出身なのかと尋ねられました。
 私が国の名前を言うと、ザビー様は一気に相好を崩され、果てにはおいおいと声を上げて泣き出してしまわれました。
 話を聞くとザビー様も私と同じ国の出身で、この国に愛を伝える為やって来たは良いものの、
 周りは日本の人達ばかり、どれだけ人に囲まれても、ずっと孤独で淋しかったのだと仰いました。
 私がザビー教への入信を決めたのはこの時なのですが、理由は三つ有ります。
 一つ、教徒の皆様から愛を頂く事で家族を失った悲しみを癒す為。
 二つ、ザビー様のお傍でその寂しさを紛らわせるという大役をいただいた為。
 三つ、サンデー様と立場を同じくする事で、よりサンデー様を理解する為。
 現金な女とお笑いになるかもしれませんが、家族を失い悲しみの底に居た私にとって、愛はまさに救いだったのでございます。
 え?三つ目でございますか?
 ……正直な所、私にはサンデー様のお考えが少々分かりかねたのです。
 嵐に巻き込まれた私を助けて下さった事にはとても感謝していましたし、
 それからも何かと私を気にかけて下さる事には言葉も無い程でございましたが、
 どうしても滲み出る不自然さを拭い去る事が出来ずにいたのでした。
 何と申し上げれば良いのか、さあそれは詳しくは説明できないのですが、
 どうも一線を引いておられると申しますか、あの四国の通辞の方と比べても、
 どこか私に対してぎこちないような気が致したのでございます。
 私が当時のサンデー様の真意を知るのはそれから少ししてからの事なのですが、
 ともあれ私は教徒として洗礼を受け、洗礼名と共にサンデー様からという日本名をいただいたのでございました。





 ザビー教に入ったからといって、それからの私の暮らしが特別変わった訳ではございません。
 住まいも相変わらずサンデー様のお城にご厄介になるばかりです。
 定期的に集会に参加し、他の教徒達と交流を図り、必要とあらば異教徒との戦闘に参加する。
 後はそう、サンデー様に日本語を教えていただくようになったくらいでしょうか。
 教徒達の殆どはこの地でザビー様の教えを知った日本人でしたから、
 彼らとより良い交流を図るためには日本語の学習が不可欠だったのでございます。
 残念ながら以前通辞をして下さった四国の方はよく航海に出ておられましたので、
 必然的に私の勉学の面倒を見て下さるのはいつもサンデー様でした。
 いつか教えていただいた通り、サンデー様は異国語もとても堪能で、
 私の喋るつたない日本語に異国語で解説を入れる事さえして下さいました。



 そんなある日の事でございます。
 私はいつものようにサンデー様のお仕事の傍らで日本語の勉強をしていました。
 恐らく、漢字の勉強だったのだと思います。
「サンデー様、この字は何と読むのでしょう?」
 私が尋ねるとサンデー様は仕事の書類から目を離し、文字をご覧になって一言、
「愛、だ」
 とお答えになりました。
「まあ、これが愛という字なのですね!」
 愛といえば、ザビー教がもっとも尊ぶ言葉です。
 私は知らず興奮して、顔を綻ばせました。
 これを紙に書いてザビー様に差し上げたらお喜びになるかしら、などという出すぎた考えまで浮かんで参ります。
 そんなでしたから私は、サンデー様の表情が次第に曇っていかれる事にも気付いていなかったのでした。
「……我には遠い言葉だ」
 ぽつりと、そう、ただそれだけ、サンデー様が呟かれました。
 せめてもう少し長ければ、まだ日本語に慣れない私には聞き取れずにいたものを、
 たったそれだけの言葉しか言わなかったばっかりに、傍に居た私にはしっかり聞こえてしまったのです。
「サンデー様?今、何か」
 私は慌てて聞き返してみようとしましたが、
 サンデー様が直ぐに「忘れよ」と仰ったので、それ以上お聞きする事が出来なくなってしまいました。



 忘れよとは言われたものの、私にとっては余りにも印象の深い言葉でしたので、
 私は中々忘れる事が出来ず、考え込んでは塞ぎ込んだようになってしまいました。
 だって、まさかサンデー様が愛に満ちていないなんて。
 サンデー様は戦略情報部隊長という幹部級の役職についておいでの方。
 異教徒との戦闘の時には先陣をきっていくような勇敢さもお持ちで、ザビー様からの信頼も相当に厚いお方でございました。
 そんなお方が、ザビー様のお考えを理解しておられない筈が無いのです。
 もしかしたら本当に忘れても良い冗談だったのかもしれないとも考えたのですが、
 あの言葉にはそのような軽率な響きはありませんでした。
 やはり、サンデー様のお心から出た言葉としか考えられません。
 一体何だというのだろう、私はそれを考えるのにすっかりまいってしまって、定期集会の場でも黙りこくってばかりおりました。
 その時でございます。
 一人離れた所に居た私に、声をかけて下さった教徒の方がいらっしゃいました。
「おまはん、最近入ったっちゅう新入りじゃなかと?」
 その方は名前をチェスト島津様といい、話を聞けば丁度サンデー様と同じ頃に入信なさった方だという事でした。
 言葉にお国の訛りが入っておられ、日本語に慣れない私は少し苦労しましたが、
 サンデー様とは近しい仲でいらっしゃるという事で、話はとても弾みました。
 丁度ワインが回って来たその勢いもあったのでしょう。
 私は思い切って、先頃から悩んでいた件についてチェスト様にお話したのでございます。
 チェスト様は黙って手にした酒瓶の中身を一口お飲みになり、それから少しだけ昔話をして下さいました。
 昔といってもそれほど昔ではなく、まだサンデー様がサンデー様でなかった頃、
 毛利元就という一人の城主としてこの世に居られた頃のお話でございます。
「中国の毛利どんといえば詭計智将、血も涙もない冷酷なお人と名が通っとったい」
 きけいちしょう、という言葉は当時の私には理解できませんでしたが、
 違和感とも納得とも違う不思議な感情を抱いた事を覚えております。
 恐らく冷酷なサンデー様を無意識の内に想像していたのでしょう。
 それがザビー様と出会い、その愛のお力に一気に傾倒なされたのだと、
 チェスト様は手近にあるお酒を飲みながら語って下さいました。
「ばってん、あん人は、愛ば知らんと」
 ザビー様のお傍におられるサンデー様のお耳に入らないよう、チェスト様は少々声を潜めてそう仰いました。
「親兄弟も、家臣も、あん人に愛ば教えてくれる人はおらんかった。
 素晴らしかもんじゃとは知っとるが、知らんもんは理解できん。実行もできん。
 淋しかお人じゃ」
「そんな……あの方は……」
 私にはどうしても、チェスト様のお言葉を鵜呑みには出来ませんでした。
 だってサンデー様は、私を助けて下さったのです。
 本当にこの方の言う通り冷酷なお方だとしたら、私のような何の価値も無い人間を助けたりする訳がありません。
「あの方は、きちんと愛を知っておられます。ただ、それが愛だとご存知でないだけですわ」
 そうだ、そう思いこむ事にしようと、そんな気持ちから出た一言でございました。
 ですがチェスト様は私のその言葉を聞くと声を上げてお笑いになり、
「なら、おまはんがそれを教えたったらよか」
 そう言って私の頭を撫でて下さいました。
 私はしばらく呆然とチェスト様のお顔を眺めていたのを覚えております。



 今にして思うと、あれこそ本当にチェスト様のご冗談であったのではと思います。
 物を知らない人間に物を教えるというのは、生半可な事ではございません。
 しかも愛とは形のある物ではありませんから、難しさもひとしおです。
 それでも、当時の私は必死でございました。
 何とかチェスト様の言う通り、サンデー様に愛を教える方法はないものかと、
 日々そればかり考えて、またもや以前の塞ぎ込み状態に戻ってしまった程です。
 何故そこまで必死になるのかとお思いになる方々もいらっしゃるでしょうが、
 さあそればっかりは私にも見当がつかないのでございます。
 あえて申しますならば、その時には私はもう、サンデー様をお慕い……いえ、愛してしまっていたのではないでしょうか。



 そうして私が思いついた手段は、歌でございました。
 サンデー様に、次の定期集会でお歌を歌うのはどうかと持ちかけたのです。
 歌の歌詞ならば、感覚で理解する事が出来るのではないかと考えての事でした。
 幸い次の集会まではまだ時間がございましたので、
 私は日本語を教えていただいたお礼と称して、サンデー様に異国の歌をお教えしました。
 その歌は私の祖国とは違う国の言葉で歌われていたので、
 教わっていらっしゃる間、サンデー様にも意味はお分かりにならないようでした。
 私もその異国語を詳しく知る訳ではありませんでしたが、
 幼い頃母が何度も聞かせてくれた歌でしたので、意味は知っていました。
 そこで私はサンデー様には愛の歌だとだけ説明し、意味の違う二曲の歌をお教えしたのです。
 勿論サンデー様だけでは不自然でございますから、私も歌う事にしました。
 何曲か知っている中から、女声の、同じく愛の歌を。





 定期集会での前評判は素晴らしいものでございました。
 ザビー様を始め沢山の教徒達が楽しみにしていると言って下さいましたし、
 そして実際サンデー様の歌声はとても素晴らしかったのです。
 優しい声が静かに集会場に響き渡るのを聞いて、私はほうっと幸せな気持になるのを抑え切れませんでした。
 けれど、私にはぼうっとなどしている余裕はありません。
 歌が終わったならサンデー様に、今の二曲の違いがお分かりになりましたかと聞くつもりで居たのです。
 そこから少しずつ愛についての理解を深めていっていただこうと、そんなつもりでございました。



 けれど、私の目論見は外れました。
 二曲を歌い終わったサンデー様は、周りの割れるような拍手にも構わず、
 まっすぐ私の元へいらっしゃると、こう尋ねられたのでございます。
「今の二つ目の曲は、其方へ向けて歌うべきであった」
 サンデー様が歌の意味をご存知であったのか、そう感じただけなのかは、
 今でもご本人は頑としてお話しになって下さらないので知る事は出来ません。
 それでもその時の私には充分すぎる程に充分でございました。
 一曲目は神を讃える歌、二曲目は恋人へ愛の告白をする歌だったのです。
 それを私にと言ってくださるなんて……
「其方はあの曲を、誰に向けて歌うつもりだ?」
 サンデー様がかつて見た事の無いほど穏やかな笑みで仰ったものですから、
 私は皆様方の中心で歌う筈の歌を、その立ち位置のまま、サンデー様の目の前で歌う羽目になってしまいました。
 私の歌は、初めての恋愛に戸惑う女性の歌でございましたので。





 ……これで、私の長い話は終わりとさせていただきます。
 え、その後でございますか?
 期待なさる程面白いものでもございませんので、あえてお話せずともと……
 あの後すぐに集会所に挙式の準備を整えられた方がいらっしゃいまして、
 私達は中央に引き出され、ザビー様の前で永遠の愛を誓う儀式をいたしました。
 お陰様で私達の間の愛は揺らぐ事無く、現在に至っております。
 いえいえ、本当にそれだけでございますから。
 このようなつまらぬ年寄りをからかっても、何も出ては参りませんよ、ほほ……



サンデー熱上昇期
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