シリフ霊殿
Schild von Leiden

ツンデレのなり方教えます
 初めて会った時、可哀想な子だと思った。
 敵の兵も味方の兵も、家臣も家族も自分でさえも、皆彼にとっては『モノ』。
 長い間ずっと、もしかしたら生まれた時から、たった一人で生きてきた子。
「愚か者共に我の考えなど解る筈もあるまい。我を理解できるのは、この世に我だけで良い」
 感情の起伏が感じられない氷の面が、何故かとても辛そうに見えた。
 上に圧し掛かった何かに、今にも潰されてしまいそうな表情。
 そしてそれは近い将来きっと訪れるのだ。
「……あんたがいつか、近いうちに、そこから救われる事があるといいね」
 いつか彼が人を愛する事が出来るようになるといい、そう思った。
 彼を救ってくれる人が現れるといい、とも。
 出来れば彼が潰れてしまう前、出来るだけ近いうちに。
「我には貴様の心算が解らぬ」
「ただのお節介だよ。根無し草が三日もお城にお邪魔しちゃったお詫びにね」
「要らぬ」
「うん、言うと思った」



 こんなだから二度目に会った時、彼の表情を見てとても驚いた。
「#奈々か、久しいな。息災であったか」
 憑き物が落ちたような、すっきりした爽やかな表情。
 心なしか物腰も少し柔らかいような気がする。
「あの方が我を闇の底から救って下さったのだ」
 そう言って元就ははにかむ様に笑う。
 眉一つ動かさなかった昔が嘘みたいだ。
 『あの方』が誰かは判らないけど、彼を心配していた身としてはとても喜ばしい。
 良かったね、今なら満面の笑顔で言える。
 けれども何ですか、あたしの目の前に差し出されたこの紙。
「ザビー教入信の血判状だ」



 二度目に会った時もやっぱり、可哀想な子だと思った。



「さあ#奈々、ザビー様のもとで共に愛を語ろうぞ!」
「うん、とりあえず一発殴らせろ」
 冒頭から真面目にモノローグ綴ってきたあたしが馬鹿みたいじゃないか。
 憑き物が落ちたようなすっきりした表情で何をほざいてるんですかお前は。
「今ならサービスで高価な壷が」
「いやいらないし。悪いけどあたしにはあれに付き従うあんたの気が知れない。
 いいからさっさと転んでこっちに戻って来なさい。今なら拳一発で許すからさ」
 ていうかサービスってお前、それ明らかに詐欺だろ。
「はっ、戯言を。毛利の家に生まれ戦で辛酸を舐めた我の気持ち、
 其方のような名もなき弱小大名の家に生まれた下賎な愚民に解ろう筈もない!
 ザビー様と愛だけが我を惨めな地獄から救い出して下さったのだ!アメイジング・ザビー!」
 ああ、もうだめだこいつ。主に脳が。
 何か色々とカオスすぎる。
「ていうかザビーってあれでしょ、こないだ攻めて来たっていう異教の教祖」
「そうだ。ザビー様は我に愛を教えて下さったのだ」
「うん分かった惚気はもういい」
 惚気と呼んでも差し支えあるまい。
 そもそもその愛ってどんなんよと突っ込みたいが、突っ込んだが最後入信希望と曲解されそうなので何も言えない。
「えー、と、元就?とりあえず、」
「元就ではない」
「は?」
「その名はもう捨てた。我が名はザビー教戦略情報部隊長、サンデー毛利だ」
 ザビー教って洗脳技術か何か持ってんのかな。
 こんなに生き生きしてる元就初めて見たよ。まるで生き甲斐見つけた思春期の少年みたいだ。
 じゃなくて。
 ザビー教壊滅させるのとこいつを洗脳しなおすのとどっちが早いだろう。
 再開した時の安心感とは裏腹に、あたしはそんな事を考えていたのだった。





 いや、何信じるかなんて本人の自由だと思うんだけどね。
 昔だって確か日輪信仰に篤くて(確か武器もあれ、日輪の形してるんだっけ?)
 にちりんよーとか言って毎朝日の出から拝んだりしてたし。
 越後の上杉も毘沙門天とか言ってるし、奥州の伊達も異国の神を信仰してるとか噂あるし。
 甲斐のあれはもう主君を信仰してるとしか言えないような感じでしょ。
 そもそも主立って信仰すべき寺があれなんだからねえ。金と筋肉。
 何を信仰しようが基本的に何も言われない世の中なんだ、ここは。
「にしたってあれはないと思いません?」
 あたし見た事あるけどね、ザビーっての。
 何か愛が満ちてイクヨーとか言いながらバズーカぶっ放してませんでしたか。
「さあて、わしにゃあその愛いうなあよう解らんけえのう」
「ほいじゃが、きょうびの元就様はめっきり角が取れなさった」
「ほうじゃ、わしら足軽一人一人に笑いかけて下さる」
「……うん、まぁそれは認めますが。
 でもこう、前の元就の方が良かったとかそんなんありません?」
 まずは意見を共有してくれる仲間を集めるつもりで言ったんだけど、
 あたしがそう言った瞬間足軽の人達はあからさまに顔色を変えた。
 具体的に言うなら、生き生きした薔薇色から青を通り越して土気色へ。
「#奈々さま、あんたあ元就様を戻そうとしてなさるんか」
「はあ、まあ。個人的に見るに耐えないんで。皆そうでしょう?」
「お願いしますじゃ、それだけは、それだけは止めてつかあさい」
「へ」
 そんな土下座されても困るんですけど。
「昔の元就様思い出すだけで、わしゃあ身が竦みますんじゃ」
「ざびいでもええ、愛でもええけえ、あのまんまでいさしちゃってつかあさい」
「……」
 何でだろう。足軽の人達が言ってる事はすごく正論なのに、何でこんなに腑に落ちないんだろう。
 何で段々さっきまでの違和感が薄れてってんだろう、あたし。
 ええやばいよこれちょっとやばいんじゃないの、ここであたしが良心無くしたらこの軍終わりだってのに。
 このまんまの方が幸せなんじゃないだろうかとか思ったら終わりだよねこれ。
 くそ、せめて元就……改めサンデーにもう少し愛想が欠如してれば……
 何であんなデレスイッチ入ったツンデレっ子みたいな変わり方するんだ畜生。
 あたしがツンデレに弱い事を知った上での策か?
 そうだそうに決まってる、何てったって相手は詭計智将な訳だし
「#奈々、何をしている?茶の用意が出来たぞ」
「うんちょっと待って今あたし世のツンデレ萌えについて考察を……って茶ァ!?」
「白湯の方が良かったか」
「……ううん、お茶でいい」
 考え事をしてる時に本人がいきなり現れて驚いたのが半分、元就があたしに茶を出したという事実に驚いたのが半分。
「え、このお茶元就が淹れたの?あたしの為に?」
 前に居た時だって、元就の方から何一つ行動なんて起こさなかったのに。
「ザビー教教義第5節『汝の隣人を愛せ』茶の一つも出さぬようでどうする」
 え、それ何てクライシス?
 じゃなくて。
「隣人ってあたし?」
「我の隣で茶菓子をつまみ食いしようとしているのは其方ではないのか?」
「……すいません」
「良い。其方にと思って持ってきた菓子だ」
「いやもうほんとすいません」
「何を謝る」
「何となく」
 前来た時は貴様だった二人称がいつの間にか其方になってるあたりとか。
 いつの間にか一緒に並んで茶すすってるあたりとか。
「美味いか?」
「はい、それはもう」
 本当は半分以上味感じるどころじゃない。
「……そうか」
 だって元就が、違ったサンデーが (笑 っ て る ん で す よ !)
 洗脳技術じゃなくてツンデレ講座か何かなのかもしれない。
「ザビー教教義第1節『憎まずに愛せ』我にはどうにもよく解らないのだが」
「うん、まああんたちょっと前まで愛って何とか言ってたからね」
「だが、其方となら何かが掴めそうな気がするのだ」
「ふーん……ザビー教教義第5節『隣人が滅びるまで愛せ』……これだ」
「あ、こら我の聖書を返せ!」
「うん、はい。ところで元就、違ったサンデー」
「何だ」
「さっきの血判状ちょっと貸して」



 いっそ混ざっちゃった方が痛くないと思いまして。
 (まあ敵を欺くには何とかとでも申しますか)





「えー、ざびい教教義その13『愛を語る友を作れ』」
「何じゃそりゃあ」
「元就様からもろうたんじゃ。何でもざびいの経典で愛について書いちょるげな」
「ほーう。ほいじゃ#奈々様は元就様の友か」
「友かのう、ありゃあ……」
「友よりか嫁になりそうじゃ」
「ほうじゃのう。お似合いじゃ」
「あげなもんを、つんでれというんじゃろうなあ……」



3であんなに黒歴史化してたなんて知らなかったんだ……
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