シリフ霊殿
Schild von Leiden

飛んでけ見えなくなるまで
 普段は滅多にしてやらない膝枕で、あたしは政宗が目覚めるのを待っていた。
 (ていうか一国の当主が忍びに膝枕を要求するっていうのがそもそもどうかな)
 政宗の髪の毛が濡れてるせいであたしの膝まで濡れるのが少し不快だけど、
 この陽気だ、政宗が身体を起こせばすぐにでも乾くだろう。
 そんな事をつらつら思っていると政宗の眉間に一瞬だけ皺が寄って、目が開く。
「あ、起きた」
 大丈夫?と、少し眩しそうな顔をした政宗を覗き込む。
「……ここは、何処だ?」
「奥州」
「んな事ぁ判ってんだよ」
「えっとね、木陰」
「何処のだ」
「湖のほとりの」
「湖?」
「うん。ああ、政宗覚えてないんだね」

 二、三刻くらい前に青葉城で、政宗のいつものワガママ。
『鳥になりてえ』
『うん、知ってる』
『つー事で、 お前の鳥貸せ』
『はああ!?だっ駄目だよぅ!針医堀田はあたしにしか懐いてないんだから!』
『はり……?』
『はりい・ほったあ。政宗のあらすとるみたいに異国語っぽくしてみました』
『……何でもいいや、とりあえず貸せ』
『だーかーらー駄目ですってばーあー!』
『動物ってのは力でいう事聞かすもんだろ』
『きゃああああたしの針医堀田略してはりほー!』
『その妙な名前止めろ!』



 とまあ、すったもんだがありまして。
「結局政宗があたしに掴まって、二人で飛ぶ事になったんだよ」
「お前の白フクロウでな。Yes、そこまでは覚えてる」
 針医堀田はものすごく大変そうだったけど、何とか飛んでくれた。
 そのまま少し……五里か十里くらい行った所で、急に腕の中の政宗が重くなった。
 政宗の記憶が飛んでるのはこのあたりからなんだろう。
「多分政宗、霍乱起こしたんだと思う」
「What?」
 霍乱。またの名を暑気当たり。一般に鬼の霍乱という言葉でも知られているかと。
 簡単に言うと日の光や熱にやられて一時的に気を失くしたりする事です。
 とはいえ、霍乱はそのまま放っておくと最悪死ぬ事だってある恐ろしいもの。
「すぐに冷やさなきゃならなかったんだけど、ほら、空の上に水なんてないでしょ」
 飛びながら水をかけるなんて不可能だし、城に戻るには時間がかかる。
 どうしようかなーと思っていると、山々の間に小さい湖があるのを見つけた。
「から、その中にぼちゃん」
「テメエ俺を殺す気か!」
 説明が終わった瞬間、政宗はすごい勢いで起き上がってあたしを怒鳴りつけた。
「だっ大丈夫だよ、ちゃんと水底で頭ぶつけないように湖の真ん中に落としたから」
「そういう問題じゃねえ!」
「良いじゃん助かったんだからさ」
 ……本当言うと、待っても浮かんでこないから慌てて助けに行ったんだけど。
 まあ、言わなきゃ分かるまい。



 政宗とあたしの服が乾ききるのに四半刻かかった。
「そういえば結局、鳥にはなれたの?」
 相変わらずあたしは木陰で政宗に膝枕をしている。何でだろう。
 政宗は午睡の体勢に入ったらしく、目を閉じたまま答えた。
「無理に決まってんだろ」
「ですよね」
 ていうか、無理って判ってたんならやらないでよはた迷惑な。
「でも、ほら」
 政宗をおっことした湖の、その向こうの山を指差すあたし。
 まあ、政宗には見えてないんだろうけどさ。
 あたし達が出発した青葉城は確かあの山の、更に向こうだったはず。
「もう見えないよ」
 何が、とは言わなかったけれど、政宗にも判ったんだろう。
 にやりと唇が歪むのが判った。
「何だ、rendezvousのつもりだったか?」
「肝心な部分を異国語にしないで下さい」
「いわゆる愛の逃避行ってヤツだ」
「いえ、あたしは主君のいつものワガママを叶えただけですが」
「……」
「あー早く政宗様の気が済まないかなーこじゅ様の収穫手伝う予定だったのにー」
「お前ちょっと黙ってろ」
「はいはい」
 やれやれ、青春の醍醐味をご存じない殿だ。
 (え、あたしも?まさかそんな)



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