シリフ霊殿
Schild von Leiden

花を愛でる
「ちょっと抜け出して、二人で飲まないか」

 宴もたけなわ、無礼講。
 珍しく#奈々の方から政宗を誘った。
「An?珍しいな、どうかしたのか」
「何、人間の居ない所で桜を眺めたくなっただけさ」
 穴場があるんだが、どうだ?
「……OK」
 短く答えて杯を置く。
 この時政宗が幾許かの下心を抱いていた事は#奈々には判らない。
 判らなくとも良い事だった。



 夜の闇の中、月と星の明かりが花咲く桜の大樹を照らし出す。
 人が騒いでいては見られない、幻想的な光景。
 それをうっとりと眺めながら杯を口に運ぶ#奈々もまた幻想的で美しい。
 とは、口が裂けても言えないのだけれど。
「……すげえな」
「だろう?ここ数百年あたり私のお気に入りだ」
「いや、そっちじゃなくて」
「ん?」
「何でこんなとこで平然と酒飲めんだお前」
 こんなとこ……墓場。
 台詞を発している本人からして、もたれかかっているのは墓石である。
「何だ政宗、墓石と卒塔婆が怖いか」
「まあ得意じゃねえな」
「経が書いてあるからか?」
「俺は妖か。お前と一緒にすんじゃねえ」
 ちなみに当の妖である#奈々は平然と酒を飲み続けている。
「なら何だ。さっきから反応が妙だぞ」
「いや……」
「まさか幽霊だの死霊だのが怖い訳ではないだろう」
「……」
「すまん、図星だったか」
 幽霊、と言った瞬間、あからさまに身体が強張った。
 心なしか顔色も青いような気がする。
「ばっ、おま、俺がンなもん怖がる訳ねェだろうが!」
「……おや人魂、久方ぶりだな」
「YEOOOOOOOOOOOOOOOW!!」
「横文字で絶叫するなやかましい」
 ただの人魂だろうに、とほの明るい光を見つめながら思う。
 一瞬で墓石の陰に姿を隠すという事は、墓そのものが怖い訳では無いらしい。
 自分が殺した人間が恨んでいるというならまだ絵にもなろうものを、
 怖がり方が尋常でなく子供っぽいので最早同情の余地は無い。
「私を一目で人で無いと見破って怖がりもしなかった癖に人魂は怖いのか」
「だってお前ちゃんと触れるだろ」
 確認するかのように#奈々の着物の裾を掴んでいるのは怖いからだろうか。
「私には本来人間に感知出来るような実体は無いぞ。お前が特別なだけだ、龍神」
 これが数十年前までは天を統べる龍の一族だったと言って一体誰が信じるだろう。
 人魂如きに怯える龍が居る訳が無い。
「だから、俺はそんなの覚えてねえっつの!勝手抜かしてんじゃねえぞコラ」
「だろうな。私も転生前のお前なぞ覚えてはいない」
「……それはそれで何か嫌だな」
「それ程つまらん奴だったんだ、お前は」
 単に面識が殆ど無かっただけとも言うが。
 唯一つ言えるのは、記憶の無い今の彼で無ければ、
 例え何度求婚されようとも添うてやろうという考えにならなかっただろうという事。



「大体そんなの昔の話だろ?人の世に龍は、この独眼竜だけで充分だ。You see?」
「……あ、そこの、悪いがその辺りから見た目の怖そうなのを数匹見繕って」
「増やすな!!」
「ふふ、随分と臆病な竜だな」
 再び墓石の向こうに隠れる竜を見て、散る桜の中笑う。



 願わくば君がとこしえに君で在るように。



伊達がお化け嫌いなのは確か中の人ネタ
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