シリフ霊殿
Schild von Leiden

月下の君に花束を
 その日の彼は、朝から思いつめたような表情で槍を振るっていた。
「なーにー旦那張り切っちゃってるねぇ」
 この所甲斐の国は平和で、久しく戦も無い。
 さぞ退屈しているのかと覗き込むと、視界に己の忍びの姿を認めた幸村は黙って槍を下ろした。
「……佐助」
「あ、言っとくけど手合わせとかはしないからね」
 やる気満々の彼に本気で向かって来られたら堪ったものでは無い。
 釘を刺すように言って笑うと、黙って首が横に振られた。
 表情は変わらず張り詰めたままである。
「どーしたの随分真面目な顔だけど」
「そ、その、佐助に一つ聞きたい事が……」
「何?」
「……その……」
「なーに」
 促してもしばらく幸村は口の中でもごもごと言っていたが、やがて意を決したように声を張り上げた。


「おっ女子とは、どのようなものを好むのでござろうか……!」


「……はい?」
 予想外の単語に間の抜けた返事しか返せない。
 思わず顔を見返すと、真剣な表情がほのかに赤く染まっていた。
「こ、好むといっても金子では困るのだが……女子が喜ぶものなど思いつかず……」
「旦那……」
 しばらく呆然とそれを見ていた佐助の顔が、不意ににやりと意地悪く歪む。
「で、その好みそうなものを誰にあげるの?」
「そっ……!いや、俺は何も実際には……!」
「いやいや、一応相手くらい分かっといた方が好きなものとか考えやすいでしょ」
「む、」
 これで本当に白状するかは五分五分といったところだったが、
 少しばかりもごもごと黙り込んだ後、幸村は案外素直に口を開いた。
「……月見屋の……#奈々殿……」
「ああ、あの愛想良い娘さんね」
 戦の無い時、彼の一日は長い。
 それは普段自らに課している鍛錬を終えてもまだ余りあり、
 かといって余った時間を勉学に費やせる程彼の頭は勉学向きでは無かった。
 自然と足は外へ向き、そして彼の好きな甘味へ向かう。
 恐らく件の娘ともそこで知り合ったのだろう。
 幸村曰く『働き者でよく笑うとても良い娘』なのだそうだ。
「だが、最近母君が病らしく……その所為か塞ぎがちになっておられて……」
「病気ねぇ……普通に薬買ってってあげるってのも有だと思うけど」
「あ、いや、ただの風邪であったそうで今は殆ど回復しておられるのだ」
「……」
 何でそんな時に、と突っ込みたかったが止めておいた。
 恐らく母親の病気など口実に過ぎないのだろう。
 ただ、見舞い以外の理由がある事に彼がまだ気付いていないだけ。
「じゃあ……花」
「花?」
「変に洒落たもの贈っても、好みに合わない時があるからね。
 花なら大体好き嫌いが無いから、その辺で綺麗なものを摘んで来れば良いでしょ」
 お見舞いにもなるし、と言うと幸村は納得したようだった。
「そのままじゃ芸が無いから、和紙か何かで包んで、萎れない内に渡しなね」
「うむ!」
 頑張って〜という佐助の声は、聞こえていないようだったが。



赤面幸村がマイブームでした
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