あれを喜ばせようと思ったら、何もいらない。
ただ遊びに行く、と、連絡を入れさえすれば良い。
向かう道々で花でも摘んで、片手に足りる程の束にして、渡せば良い。
それだけであの男は花の綻ぶ様に笑うのだ。
「別に何ぞの御利益のある訳でもなし」
半分照れ隠しも兼ねて、縁側に座って俯いたまま足をぶらぶらさせてみる。
隣の男はまだ満面の笑みで、渡された花束を胸に抱きしめている。
「肌身離さず持ち歩いていれば護身のまじないになるという訳でもあるまい」
「存じておりまする」
「それにしては随分と御大層な扱いだな」
背後の障子の向こうは彼の部屋。
飾り気の一切無い床の間に、この間摘んできた花が活けられていた。
この男にそんな芸事の出来る訳も無し、活けたのは十中八九例の忍びだろうが。
「どうせそれも後で活けてもらうつもりなのだろう」
「はい」
「……お前の考えることは判らない」
人間とは不思議な生き物だ。この男に会う度そう思う。
ひとたび戦場に立てば、二槍を構え、修羅の鬼と成り果てるこの男が、
小さな花束を目の前にして相好を崩している。
「花如きの何処がそこまで嬉しいものか」
摘んで来る度に尋ねる台詞である。
返ってくる返事は一度たりとも違っていた事は無いが、それでも毎回尋ねずにはいられない。
「貴方様が幸村の為に手ずから摘んで下さったものに御座いますれば」
路傍の名も無き花を胸に、男はそれはそれは至福そうに微笑むので。
「次に来る時は桜にしようか。そろそろ蕾の大きくなる頃合」
「恐悦至極にござる。しかし桜は手折らず遠目にて眺めるが美しきもの」
「……その言葉、ゆめゆめ忘れるなよ。今に死ぬ程眺めさせてやる」
「お待ちしておりまする」
時々、自分はもしかするとこの男に踊らされているだけなのかもしれないと思う。
幸村は一途なのが良いと思います