シリフ霊殿
Schild von Leiden

生死の境目
 各人、死後の世界に対して持つイメージは様々だろう。
 三途の川、ニブルヘイム、ヘヴン、コキュトス、黄泉の国、ヴァルハラ、
 極楽から地獄まで一通り想像をつけてはみたが、
 行き着いてみればどれともつかない、一面に花の咲き乱れる空間だった。
 脳死による意識の消失を思えばまだ完全に死んだとは断定できないが、
 ああでもすぐ其処には彼が居るじゃないか。
 自分は彼のもとへやって来たのだ。
「ティエリア」
 彼がこちらへ歩み寄って来る。
「この馬鹿野郎」
 出会い頭に頭を小突かれた。
 流石にこんな反応をされるとは予測していなかった。
「……何を」
「そりゃこっちの台詞だろ。お前さんこそこんな所で何やってんだよ」
「こんな、所……?」
 奥には更に数人の影が見える。
 顔は確認出来ないがプトレマイオスのクルーか、敵機のパイロットか。
「此処は死者の集う所と解釈していたのですが、違うのですか」
「いや、大して違わねぇ」
「では何故」
「お前さんはまだ戻れる。だからこんな所に居ないで今の内に帰れ」
「……戻って今更何をしろと?」
 機体は大破して戦闘不能、太陽炉はトレミーに戻した。
 ここへ来る前までに肉体が受けていたダメージを思うに、一命を取り留めても使い物になりそうに無い。
 生きていても出来る事など、何も無い。
 そう言った次の瞬間、再び彼の手が飛んで来た。
 殴られる、と思って反射的に目を閉じる。
「お前なぁ」
「なっ……!」
 両の頬を掴まれ、ぐいぐいと左右に引っ張られる。
 痛いといえば痛い。 
「士気って言葉忘れてねぇか?マイスター一人生きてるだけでも大分違うんだぞ」
「わ、分かった、から、放し」
「それに、お前さんには待ってる人が居るだろうが」
「……?」
「忘れちまったのか?」
 一際強く引っ張られてから放される。
 今度こそ、痛い。
「お前さんには#ナナが居る」
「#ナナ……?」
 そんな名前、今の今まで忘れていた。
「集中治療カプセルの横で、ずっとお前さんの事心配してるぜ」
 だから戻ってやりな。
 少し、身体が浮くような心地がする。
「……やはり、貴方はもう戻っては来れないのですか」
 彼は笑って答えなかった。
「僕は、叶うなら貴方と戻りたかった。出来ないならせめて貴方と、」
「あーもう!」
 先刻より強い力でまた頬を掴まれた。
 にぐぅ、と妙な声が漏れる。
「ずっと片思いの相手が片思いしてた相手に向かってなぁ、
 俺の代わりにあいつを守ってやれとか、言いたくないだろうが普通!」
「ロック……」
「……ほら、早く戻れって」
 頬から手が離れると同時に軽く押された。
 それが最後だった。





 カプセルが治療者の覚醒を知らせる電子音を鳴らす。
 透明な外壁の向こう側に、数名の顔が覗くのが見えた。
「ティエリア!」
「……#ナナ・#ヘヴンフィールド?」
 カプセルを開けて身体を起こして、真っ先に飛びついてきたのは彼女だった。
「良かった、生きててくれて……」
 ともすれば大声で泣き喚きそうなその手を掴んで、自分の頬に導く。
「腫れていないか」
「ティエリア……?」
「ロックオン・ストラトスに引っ張られて、怒鳴られた。慰めろ」



腐向けっぽい気がしなくもない
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