シリフ霊殿
Schild von Leiden

秘湯おきつね巡り
「あ、いた」
 久し振りに人界を訪れたら、目の前にあの男がいた。
「……何であんたがここに居るの」
「いやー久し振りに休暇貰ったからさぁ」
 神の使いである自分を見ても尚食えない笑みを浮かべているこの男。
「前田領に良い温泉があるって聞いたの、どうせだからアンタも誘おうと思って」
 どう?と言って男――佐助は自分の方に手を差し出してくる。
 自分は何故ここにいるのかと聞いた筈なのに。
「っだから、どうしてここに……!」
「ほらほらあんまりカッカしないの。尻尾見えちゃってるよ?」
 服の隙間から顔を覗かせている白銀の尾をつるりと撫でられる。
「気安く触るなっ!」
「はいはい。だから行きましょうって」
 相変わらず差し出されている手を、少し躊躇って握り返した。



 前田領は能登地方、海に突き出した半島にその湯は在る。
 他国の忍びという事で警戒されるかと思いきや、当主夫婦は笑顔であっさりと滞在を認めてくれた。
「ほら、折角だしのんびりしなよ」
「……待った」
 戦乱の世では稀有な平和ボケっぷりはどうでも良い。
 とっときの場所だと案内された温泉はかなり見晴らしの良い場所だったが、
 ふと思い浮かんだ疑問の前ではそれすらどうでも良い。
「……混浴?」
 佐助は一瞬だけ空中を見た。
「さ、今日くらいお仕事忘れてぱーっとのんびりしようよ。ね?」
「流すなぁぁぁ!」
「もー煩いなぁ、じゃあ俺様が後ろ向いたまま入れば良いの?」
「……」
 堂々と解決策を出されると、逆に罪悪感が生まれて困る。
 かといって素直に頷く事も出来なくて、
 結局もういい!と怒鳴った挙句に手拭を巻きつけたまま風呂に飛び込んだ。
 後ろで佐助が苦笑しながら湯に浸かっている気配がする。
 何となく気になって、こっそりと振り向いた。
「……」
 律儀にもきちんと向こうを向いたまま浸かっているらしい。
 それならいい、と視線を戻そうとして、
「……その傷、どうしたの」
 ふと気付いた、真新しい傷跡。
「ああこれ?前の仕事でちょっとしくじってねー。この湯が傷に効くっていうから」
 やっぱ沁みるわーなどと言いながら傷口にすり込むようにして湯をかける。
 こちらを見ないのは律儀に混浴なのを気にしているせいか、それとも。
「実は今回休暇貰ったのも、怪我が一心地つくまで無理するなって……
 本当言うと格好悪いからあんまり言いたくなかったんだけど」
「じゃあ、あたし連れて来なければ良かったのに」
「えー?」
 笑って、佐助がこちらを向く。
 温泉のお陰かほんのり色付いた頬に、佐助の指が触れた。
「だって、一緒に来たかったし」
「ばっ……」
「神使ってのも結構忙しいんでしょ?最近全然会えなかったし」
 だから、たまにはこうして二人っきりでのんびりするのもいいかなって。
 白狐の頬が一瞬で真っ赤になっていく。
「は……早く向こう向けこの変態!」
「はいはーい」




「ああああああーっ!」
 いきなり悲鳴が上がったので慌てて様子を見に来た。
「どうしたの!?」
「塩が浮いてる!」
「……は?」
 ほらぁ、と涙ぐみながら白毛の尾を見せ付けてくる。
 白い毛に白い塩が浮いているという構図は傍目には見えにくいが、
 撫でれば確かに手触りがかなりばりばりしているのが分かった。
「えー俺様言わなかったっけ?あのお湯海水泉だよって……塩だから傷に効くんだよ?」
「言 っ て な い !」
 自慢の毛並みがごわごわになってかなりご立腹らしい。
 真水で洗えば元通りになるのだろうが、
 肌がつやつやで尾がこれというのは当人にとってはかなり衝撃だったようだ。
「もう二度とあんたと湯になんか行かないーっ!!」
 半泣きの声が山々に木霊した。



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