シリフ霊殿
Schild von Leiden

麻痺状態
 一般にスタッフルームと呼ばれる場所に続く、広い廊下をだらだと歩く。
 スタッフルームなんてのは概して内部の人間が仕事の愚痴を語り合う為にあるもんだ。
 文化祭有志のタレ幕の奥しかり、この廊下の突き当たりしかり。
 というか、風俗系の店なら尚更だ。
 特にホスト業のスタッフ裏なんて、客には聞かせられない話が満載だ。
 間違っても入るもんじゃない。

 (まあ、同業の俺に言えたもんじゃねェか)



 お前この業界何年目だ、とか面接試験っぽい質問受けてたのが五分前。
 試験をするからついてこい、と廊下を案内され始めたのが三分前。
 (え、さっきの質問ってあれ試験じゃなかったんですかィ)
 そして今。
 これでも店員(ホスト)達を束ねるリーダーだと豪語して憚らないゴリラ顔の、
 どう見たって売れっ子じゃなさそうな男の後について歩いている。
「俺達は、確かに客に身体を売っている。でもな、心まで売っちゃ駄目だ」
 男は歩きながら判りきった事をくどくど喋っている。
 さっきから何度同じ事言ってんだゴリラ、退屈すぎて欠伸が出そうだ。
 客商売の人間が一人の客に入れあげてちゃ商売上がったりだ。勿論分かってる。
 つーかあんな女共に熱上げる気なんざ更々無ェよ。
「俺達の心は常に、あるお方に捧げていなくちゃならない。それがここの掟だ」
「……はィ?」
 今までと違う言葉の響き。(訳は、相変わらずさっぱり判らないけれど)
 男は俺の声には何の反応も示さず、突き当たりの扉を軽くノックした。
「#奈々様、入りますよ」
 どうぞ、と落ち着いた女の声が聞こえる。
 声がしたのを確認してから、男は顔に似合わない繊細さで静かに扉を開けた。


 馬鹿な新興宗教に嵌る人間の気持ちが、少しだけ判ったような気がした。


「俺達がここで働くのは金の為でも、ましてや欲望の為でもない。このお方の為だ」
 傾国の美貌。
 どっかの漫画だか小説だかで読んだそんな表現が、俺の頭を掠めて消えた。
 前に会ったチャイナマフィアのボスとかだって、ここまでの色気は無かったのに。
「沖田君っていうんだったかしら。どう、よろしくしてくれる?」
 名前も知らないその人が、柔らかく微笑んでこちらに手を差し出してくる。
 反射的に(ていうかもうむしろ本能的に)、その人の前に膝をついていた。
「……はい」
「そう。いい子ね」
 綺麗な白い手が俺の頬を撫でる。


 いよォし合格だ!なんて声が随分と遠くで聞こえた。



多分藤崎封神演義の妲己ちゃんあたりをイメージしたんだと思う
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