シリフ霊殿
Schild von Leiden

戦場の死神
 戦場で刃を振るう者には二通り居る、と思う。俺的見解。
 熱くその血を滾らせる者と、逆に冷たく凍えていく者。
 前者はあれだ、真田の紅いのとか伊達の青いのとか色々居るとして、
 うちの大将なんかはさしずめ後者の典型例なんじゃないだろうか。
 普段は実はあれでも、付き合いの長い人間にはある程度感情が分かる。
 例えば晴れの日や餅を食べたりしてる時に、ほんのり幸せそうな顔してるとか。
 それが戦場に一歩降り立つと一切の表情が消える。もしかすると感情ごと消えたりしてるのかもしれない。
 そんな時のあの人に近付くのはとても危険だ。
 うかつに触って首を刎ねられた人間を、俺は何人も知っている。





「元就様」
 そして更に厄介な事にこの人は一度凍り付くと中々元に戻らない。
 声をかけると案の定凍て付くような蒼い視線が向けられた。
 攻撃してこないのはただ俺が輪刀の射程範囲外に居るからにすぎない。
 ここから一歩でも踏み出せば確実に斬りかかって来るだろう。
 今のこの人に敵か味方かなんていう区別は無い。ただ自分の邪魔をするかしないか、それだけが判断基準。
 この辺をあの明智とかいうのに勘違いされて仲間とか言われたりするんだろうが、
 本当に喜んで敵を切り刻む人間はこんな風に感情を消したりしないと思う。
「戦は終わりましたよ」
 勝ったか負けたかは言わなくて良い。
 この人が生きてここに立っている限り、うちの軍は負けてはいないからだ。
「帰りませんか」
 もう戦わなくて良いですとか敵はもう居ませんとか、そんな事は一切言わない。
 それはかえってこの人の氷を厚くする。
 肝要なのはそれを言葉で言うのではなく、雰囲気で分からせる事。
 だから出来るだけ声は張り上げずいつもの調子で言う。
「お茶でも淹れて貰いましょう」
 まるでここが戦場じゃなく、見慣れた城の一角であるかのように。
 足元にあるのは死体や肉片ではなく伊草の良い匂いがする畳で、
 もし俺がここで一つ手を叩けば、侍女が襖を開けて顔を出すように。
 ふん、と元就様が鼻を鳴らすのが聞こえた。
「餅も頼め」
「はい」
 俺は苦笑しつつ、歩き出す元就様の後ろに従う。
 しっかりした足取りは多分きちんと帰り支度中の本陣に向かっているのだろう。

「……大儀であるな」
「いえ、それ程でも」
「そうか」
「はい」
「……ならば、良い」



 不思議な事に軍の中でこの芸当が出来るのは今の所俺だけだ。



ダブルクロスのDロイスをお題にした企画
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