シリフ霊殿
Schild von Leiden

衝動的抱擁<
 一体どうしてこんな事になったのか。



 そもそもこの男の感情表現が分からない。
 嫌いだからといって邪険にする訳でも無く、好きだからといって笑顔を向ける訳でも無い。
 恐らく自分がそう嫌われていない事だけは雰囲気で察しているのだけれど、
 それならどうして顔を見せた途端手を掴まれて投げ飛ばされるのか。
 鮮やかに受身を取って着地してみせたら「やるな」と言ってそのまま取っ組み合いになるのか。
 とんと見当が付かない。
 衆道じゃあるまいし閨の上下で揉めるなんて事も無いだろう。
 そもそも自分達はそんな恥じらうような甘い関係では無い。断じて無い。
 世間的にはこの男をツンデレという向きもあるらしいが、これの一体何処がデレだというのか。
 所謂ドコデレだ。
 もしも捨て駒共がこいつをツンデレと言い張るのなら、殿に成り代わってあたしがそいつらを焼き焦がしてやる。



「……ねぇ、あたしら何でこんな事してんの」
 幾度目かの取っ組み合いから離れて後、あたしは息を切らしながら目の前の男に言った。
 相手も大分草臥れているようだけど、それでもあたしよりは余裕がありそうなのが腹が立つ。
「……分からぬ」
 返答はその一言。
「はぁ?何それ、意味も無くあたし殴りたかったって事?」
「否、 ……何故であろうな」
「……」
 好機なり。
 一瞬思考に意識が逸れた隙に、特大の拳を鳩尾に叩き込んでやった。
 かは、と小さく息を漏らして崩れ落ちる敵。
 勝った。
「はっはっはっはっは、あー……寝よ」
 色々と疲れた。本気で。
 ここが地べただろうが構うもんか。寝れる時は寝れるもん。





 目が覚めると何時の間にか布団の上に居た。
 驚いて起き上がろうとすると身体が重い。
 先刻まで殴り合っていたあの男の腕が、しっかりと私の背を掴んでいた。
 投げ飛ばす体勢なんかじゃなく、そう例えるならば抱きしめるように。
「……」
 二枚並んだ布団の真ん中、互いに擦り寄ったように境目で。
 ほんと、何やってんだろうあたしらは。
 寝直そうと目の前の胸板に顔を寄せながらぼんやりと考えた。



元就茶会で出して頂いたネタだった筈です
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