シリフ霊殿
Schild von Leiden

木犀の憂鬱
 昼過ぎの保健室のドアを開けると、露骨に嫌そうな顔をされた。
「授業はどうした」
「さぼった」
「……貴様、卒業出来ぬぞ」
「あーそれは困るかもねー」
 大学全入時代のご時勢、せめて高校は出ておかないと就職きついんだってねー。
「まぁあれですよ、ストレス社会で生きてるんだからちょっとぐらい和まなきゃ」
 この人の傍はいつだってナチュラルに森林浴の香りがする。
 アロマセラピーだアロマセラピー。多分。
「ふん」
 くぴっと一口ミネラルウォーターを飲んで、ペットボトル片手に窓の方へ向かう。
 この人はよく日光を浴びる。
 いつだったかはキャスター付きの椅子に座ったまま窓際で寝こけていた程だ。
 熱中症になりやしないかと心配になるけど、本人曰くこれは光合成らしい。
 緑の黒髪と形容するにふさわしいこれがいわゆる葉っぱなんだそうだ。
 日に透かすと濃い緑色に光るのはじゃああれか、葉緑素か。



「あんたみたいなのって、都会で生きてくの楽そうだよね」
 水はいつでもどこでも飲めるし、空気は二酸化炭素に溢れてるし。
 植物全部こんな感じに進化すれば環境問題なんて怖くないんじゃないだろうか。
 草食動物にはカツラのごとく葉っぱを提供して、ペレットで我慢して貰うという方向で。
「そうでもないぞ。この姿は元の身体と違いすぎる。葉も少ないしな」
 まーそれはその気になればもうちょい面積増やすことはできるんでしょうが、
 それで毛深くなったりされるとあたしの目の保養にならないのでそれでいいです。
「根が殆ど機能せぬゆえ、水の摂取にも手間取る」
 ああそれは確かに。堂々と出来るのは足湯くらいのもんだもんね。
「経口摂取はやはり慣れぬ。 ……水も態々購わねばならぬし」
「あれ、水道水だめだっけ?」
「薬臭くて不快だ」
 つまり飲めん事はないと。しかし消毒用の薬品の匂いが嫌いだと。
 だから仕方なくコンビニで天然水だの深層水だの買ってくると。
 何だいそりゃただのワガママじゃないか。
 お前は贅沢できるかもしれんが、世の観葉植物達は粗食に耐えてるんだぞ。
 ……そーいやこの人こないだ間違って桃の天然水買って飲んでむせてたな。
 もしかしてこの人の本性って桃の木なのか? 驚き桃の木さんしょの木。
「てか、じゃああんた何でこんな所に居る訳」
「……さて、何故であったか」
「おい」
「ただ、」
 何やってんだこの馬鹿はと思ってると急に振り向かれた。
 光合成の成果か肌が妙につやつやしている。羨まsいやいや。
「植物には言葉をかけた方がよく育つという俗説があってな」
 あ、何か理由分かったかも。



人外が大好き第一弾
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