客人が子供を一人、連れて来た事がある。
毛利と同盟を組んだ家の子だったと思うが、何しろ幼い時分の事で詳細は朧だ。
しかしこちらの城を訪ねて来るという事は毛利と縁のある人間だったのだろうし、
見知らぬ人間ばかりの空間でも物怖じせぬ所には武家の子の風格があった。
親の話の最中は大人しく傍で聞いていたが、やはり退屈ではあったのか、
年頃の近い我の姿を見付けると笑って遊ぼう、と言って来た。
「父上が話を終えるまで退屈だから」
酷く整った笑顔であったと記憶している。
歳の離れた兄と遊ぶ機会は無く、城の遊び相手はひ弱な者ばかりだったので、
我はこの活発そうな子供を心から歓迎した。
試しに裏の山へ連れて行って散々遊びまわってみたが、子供は平気な顔をして我の後を付いて来る。
木登りにも躊躇わず、崖を降りるのにもたじろがず、毛虫を怖がる事も無い。
終いには山の中を巡り尽くして、残るは湧き水で出来た小さな池だけとなった。
そういえばあの場所まで他人を連れて来れたのは初めてだったろうか。
初夏の候、水は温くは無いが凍えるほど冷たくも無い。
「ここへ潜って、魚を獲って来るのだ」
当時水練にかけてはある程度の自信があったので、
その子供の前で服を脱いで飛び込み、試しに一匹捕らえて見せた。
やれるか、と聞くとやる、と頷き、その子供も即座に池へ入った。
違和感に気付いたのは裸のまま池の淵に座り、子供が上がるのを待っていた時。
子供が脱ぎ捨てた着物の中に下帯が見当たらなかったとそれだけの事だった。
最初は着けたまま潜ったのかとも思ったが、
我に背を向けるようにして上がって来た姿はどう見ても一糸纏わぬように見える。
「結構難しいね」
苦笑しながら子供がこちらに身体を向けた時、我は思わずその着物を掴んで力の限り相手に投げつけていた。
「さっさと服を着ろ!」
「まだ濡れてるのに」
「良いから着ろっ!」
「松寿だって裸なのに」
当然だ。
あれだけ山の中を跳ね回ってみせた子供がまさか女子で、
しかも躊躇なく全裸で池に飛び込むなどと誰が思うものか。
服を着ろと促す以外何も出来ず、とりあえず自分も濡れた身体に着物を羽織った。
「松寿、顔が赤いよ?」
「うるさい!」
直視できずに後ろを向いた背後で、子供が着物を身に着けている気配がする。
耳を傾けぬよう必死になりながら、我は今後の対応について思考を巡らせていた。
女である事を知らなかったとはいえ、異性の肌を見たという事に変わりは無い。
ここはやはり責任をとって娶るべきなのであろうか。
何も正室である必要は無いし、同盟相手の娘ならば後々毛利にとっても益となる。
繋がりを強くする事自体は悪くは無い筈だ。
「松寿?服着たけど……」
「おい、貴様」
「なぁに?」
子供にしては良く考えた方だとは思うが、智略と呼ぶには程遠い。
自分の思考が混乱しているという事を全く計算に入れていなかった。
「貴様、我のっ……嫁にしてくれぬか!」
我ながら見上げた混乱ぶりであったと思う。
事実、その失言に気が付いてからの記憶が殆ど無い。
肝心の返事が否であったか応であったかさえも定かでは無いのだ。
「……どっちがお嫁さん?」
「ど、どちらでも良い!」
「変な松寿」
ただ最後の底抜けに明るい笑顔だけが心に残っている。
子供時代だからきっと許される