……あー、あー……これマイク入ってる?
えーマイクテスマイクテス、ただいまマイクのテスト中、テステステス、
本日は晴天なり本日は晴天なり雨天決行槍雨霰、北条のじっちゃん腰痛悪化ー。
うん、よし。
それではこれより『人魚姫』を開幕致したいと思います。
昔々ある海の中に人魚がいました。
人魚ですので女です。男の場合はマーマンといいます。
綺麗なイメージありますけど船乗りを惑わせたりとか船を沈めたりとか、
モデルはジュゴンだったりマナティだったりスナメリだったり結構アレですよね。
……うんごめん、アンカーを鈍器にするのは止めて下さい。碇重いです碇は。
まぁとりあえず海の中に人魚がいました。
海の中っていうのは基本的に天気はありません。風の代わりに波が揺蕩うだけ。
もしも海の外で嵐や何かがあった場合は、人間が流されてくるので分かるのです。
ちなみに殆どは死体な訳ですがそういった漂流物は人魚さんどうなさるので?
「魚介類の餌」
夢も浪漫もない回答をありがとうございます。そこにロマンはあるのかしら?
ところであの男の人は生きてる気がするんですがそれでも助ける気皆無ですか?
「え、生きてんのあれ」
ええまあ一応王子……違う殿様ですんで。男主人公ですんで。
死んでられたら困るのです。
「まー生きてたら助けて人間の世界にお帰りいただくけど……って重!甲冑重!」
金属製だしなぁ。浮力計算に入れてもちょっときついですかね。
「ちょっ、もうこれ脱がせて良い?」
え、身包み剥ぐんですかやーらしー。
「……」
すいません調子乗りましたアンカーは止めて下さい。
でも甲冑は波に揉まれて脱げましたって言い訳がしにくいんで止めた方が良いと思います。
「じゃあこのオクラだけ」
うんまぁそれなら。
という訳で人魚姫はオクラだけ頂戴して殿様を陸地に還しました。
オクラはしょうがない、沈没船と一緒に眠っていただこうと思っていたのですが、
「戻して来なさい」
姉人魚のきついお説教を喰らいました。
「え、何で」
「こんな海草みたいな色してる金属その辺に置いとかないで頂戴。
海草と間違えて齧って歯を折る魚が続出してるのよ」
「まじすか」
所詮食物ピラミッド下層部分の知能なんてそんなもの。
しかもげっ歯類ではないので悲しいかな折れても新しい歯は生えてきません。
生えてくるのはサメなんて肉食魚だけです。
海の生き物達が総入れ歯という図もちょっと見たくありませんでしたので、
人魚姫は素直に殿様にオクラを返しに行きました。
といっても人魚は陸に上がれません。
どうしてなんでしょうね見た目肺呼吸っぽいのに。
恐らくエラ呼吸か皮膚が乾燥してしまうかのどちらかだと思うんですが。
「足が無いから歩けない」
その発想は無かったわ。
まぁとにかくそんな訳で陸には上がれません。
精々波打ち際から上半身を出してオクラを差し出すのが精一杯。
返すには殿様が波打ち際に来るのを待たなければなりません。
しかし幸い殿様は毎朝海岸に日の出を拝みに出るとの情報を掴みましたので、
それを見計らって声をかける事に成功しました。
「はい、忘れ物です」
一体何が起こっているのか分からず呆然としている殿様にオクラを渡すと、
「それじゃ」
再び海の底へ帰って行こうとする人魚姫。
「待て」
その手を殿様がぐいと掴みました。
「何です?」
「貴様、名は何という」
「はあ?」
初めはさっぱり訳が分かりませんでしたが、殿様の話を聞く内に何となく話の方向性は見えてきました。
要するにこの殿様は人魚姫を政略結婚を断る出汁にしようとしているようです。
「次はあそこを攻めようと思って居るのでな、余計な義理があると厄介だ」
思わぬ所で知ってはならない裏事情を知ってしまった人魚姫でしたが、
とりあえず言うべき事は言っておかなければなりません。
「あたしこんなんですけどそれでも宜しければ」
ぴち。
人魚姫の下半身で魚の尾が跳ねました。
半身が魚の娘を嫁にする事になるがそれでも宜しければどうぞ。
これはあくまでも直訳であって人魚姫の言わんとする事はその反語でした。
すなわち『人魚を嫁に出来るわきゃねーだろ、帰れ』。
ちょっと曲解しすぎたような気もしますが、まー要は遠回しなお断りですな。
しかしどうした事か殿様は逆に目を輝かせました。
「良い」
……それから半月後。
殿様は『自分は海神に身を捧げているから』という理由で結婚を撥ね付け、
それを疑ってかかった事を理由に相手の家を攻撃、見事に討ち取りました。
誰かに海神の加護を疑われる度に、そうでなくとも朝になる度に、殿様は海岸へ赴きます。
そうすると人魚姫は何処からか海岸へ現れて、殿様へ向けてぴちっと尾を振って見せるのでした。
めでたしめでたし。
悲劇?なにそれ