死に顔は葬式の時に拝んだが平素の通りの間抜け面で、
ただ普段よくやる奇妙な表情を浮かべて居らぬ事に拍子抜けをしただけであった。
『流石は元就様と言うべきか、お方様の死にも顔色一つ動かされぬとは』
『どうであろう。我等の預かり知らぬ所で、密かに心を痛めておいでなのかもしれん』
始終無言であった為か数人の家臣が何やら言い争って居るのが聞こえたが、
口を利かなかったのは葬式の場で私語をするのが好ましくないと思っただけだ。
近しい者が死ぬのには慣れている。今更大きく感情を動かされる事も無い。
ただそれとは別に、自分でも驚く程、我は#奈々の死を悲しんでは居なかった。
つい先日まで能天気に笑っていた娘が今目の前で土に還って行こうとして居る、
それを不思議な程当たり前の事として享受して居た。
片付いた書類を持って小姓が退出すると、俄かに部屋が静まり返った。
徒然とはこのような事を言うのか、するべき仕事も無くさしあたってやりたい事も無い。
戦が近ければ策の一つ二つも練っておかねばならないのだが、それすらも無い。
更に言うならば刻限は昼過ぎで、夕餉までにはまだ大分間があった。
さて、何をすれば良いものやら。
何分このような事は初めてなので、勝手が分からず戸惑う。
以前火急の執務が片付いた時は何をしたのだったか。
縁側で日輪を浴びて居たような気もするし、城下を見に回っていた気もする。
『見て下さい元就様、城下ではこんなものが流行っているんですよ』
……否、時間が空いた時は次の戦に備えて鍛錬を行っていたか。
『はわー、元就様ってそんなもやしっ子でも無い……いたたた、ごめんなひゃいっ』
そういえば新しく手に入れた兵法書を読んで居た時もあった。
『何ですかこれ、さかなうろこの陣って読むんですか。すごいですねぇ』
全く手持ち無沙汰に過ごした事は無い筈なのだが、何をしたのかがどうも曖昧だ。
暇であった時間を回想しようとすると、何故かあの能天気な顔ばかりが浮かぶ。
思えば暇を持て余していると見計らったように傍に寄ってくる人間であった。
何をしているのかと問われれば、妻と過ごしているとしか答えようが無いほどに、
気が付けば隣には何時も#奈々が居た。
嗚呼、しかし
『あら、元就様珍しいですねぇお暇なんですか?』
あの娘はもう居らぬのであったな。
声に出して呟いた途端涙が頬を伝った。
葬式の場で泣かなかったのは決して強がりなどでは無く、死に慣れた訳でも無く、
ただ単にあれの死を認めたく無かっただけだ。
こうして認識してしまった以上は最早止められぬ。
嗚呼我ながら何と情けない、このような部屋何時人が来るかも知れぬというのに、
訪れた者が見るのは幼子のように畳に伏して泣く哀れな城主の姿なのだ。
友人が、こんな感じで私が死んだ夢を見たというので。
「あれ元就様、お休みだったんじゃ」
「……貴様、何をしておる」
「何、と言われましても……とりあえず暇なので何かやろうかなーと考えてました」
「生きておるな?」
「は?はいそりゃまぁ一応、話してますし」
「……ならば良い」
「はあ」