シリフ霊殿
Schild von Leiden

きょうだい
「じゃあ母さん、行って来るね」
 出来るだけ手早く外出の準備をしながらあたしは言った。
「はいはい」
 母さんが苦笑と共に玄関まで見送ってくれる。
「元就には言わないでよ」
「さぁ、私は黙っているけれど……どうかしら。あの子鋭いんだもの」
「姉上!」
 向こうの部屋から駆けてくる軽い足音。
 ほらやっぱり、と笑う母さんとは反対に、あたしは深い溜息を吐いた。

「姉上、今日はどちらに行かれるのだ?」
 今年五つになる弟が、期待の眼差しでもってあたしを見つめている。
 自分も連れて行け、という無言の意思表示。
「あー、いや別に何処っていう程のもんでもないから……元就はおうちで留守番しときなよ。ね?」
 何とか置いて行こうと頑張るあたし。
「姉上、危ない所へ行くのか?」
「いや別にそういう訳じゃないけどね」
「悪い事をするのか?」
「しないしないしない」
「お酒を飲むのか?」
「飲ま……いやーまだ昼にもなってないしあたしまだ未成年だし」
「では、われもついて行って良いのだな!」
 大人に駄目と言われる要素が入っていない事を確かめて、にっこりと笑う元就。
 母さんまでくすくす笑いながら「連れて行ってあげなさいよ」なんて言う始末だ。
「えーまたぁ?」
「だって、いつものお友達となんでしょう?元就がお姉ちゃん大好きな事くらい皆もう知ってるわよ」
「そりゃまぁそうなんだけどさぁ……」
 あたしが渋っていると、元就の表情が段々と泣きそうに曇っていく。
 おろしたてのスカートの裾を、小さな手がきゅっと掴む。
「姉上ぇ……」
 ひくひくとしゃくり上げる声が聞こえる。
 声を上げて泣かないのは、彼なりの矜持なのかもしれない。
 姉上を守れる強い男になるのだと常日頃から言い張っているのだから。
 今日こそは絶対置いて行ってやると思っていたのに、その決意がじわじわと揺らいでいく。
 ここであたしが一言連れて行くと言えば、この泣き顔はすぐにも笑顔に変わるに違いないのに。
 元就はあたし以外の前では滅多に泣きも怒りも笑いもしない。
 他の家族ならまだしも他人がいる時には、いつも落ち着き払った表情を崩さない。
 何なんだろう、五歳児の癖にこの妙に老成した世渡り術は。
「姉上……」
 ぼろぼろと元就の頬を大粒の涙が伝う。
「姉上は、われがきらいなのか……?」
「あーはいはいはいはい分かったってば連れてけばいいんでしょー!?」


 そしてあたしは今日も負けるのだ。


「帰りは何時くらいになりそう?」
「そんな遅くまでいられないよ。元就いるし」
「変な所行ったりしないようにしなさいよ」
「行けないって。元就いるし」
「ほんと、元就が目付け役についてくれてると私も安心だわ」
 何が安心だ。
 このちっちゃな目付け役のお陰であたしには未だに出会いの一つもないんだから。
「さあ、行きましょうぞ姉上!」
 元就が笑ってあたしの手を引いた。



これは本当に元就様なんだろうか
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