シリフ霊殿
Schild von Leiden

抱き枕の暇潰し
 す、と襖を開けると、元就様は机に向かって何やら書き物をしている最中だった。
「元就様、お呼びですか」
 お仕事の邪魔にならないようそっと声をかけると、微かに頷くのが分かる。
 用事があるのは分かったけれど、肝心の用事を実は聞かされていない。
「……ええっと、具体的に用事とはどのような」
 恐る恐る尋ねると、元就様の手だけがこちらへ向いてちょいちょいと手招きをする。
 そっと膝で傍へにじり寄るとまた手招き。
 とうとうお仕事中の元就様の真後ろまで来てしまったけれどまだ手招き。
 えっとすいません、これ以上何処へ近付けば良いのでしょう。
 あたしが困っているのが分かったのか、元就様の手の向きが変わった。
 ちょいちょいと指差しているのはここへ座れという事だろうか。
「ええっとぉぉぉ〜……」
 ここ、と示されているのはどう見ても、元就様の胡坐の上。
 はい分かりましたと言って座れる場所じゃない。
 しばらく躊躇っていると、苛々してきたのか元就様は小声で座れ、と言った。
「あ、はいえっと……この辺で」

「此処だ」
 やっぱりそこなのか……
「……はい」



 ちょこんと控えめに、元就様の胡坐の上に腰を下ろす。
 大丈夫かな重くないかな頭邪魔になってないかな、気になって少し振り返ってみるけれど、
 元就様は全く何でもないように無言で仕事を続けている。
「……あの、」
「其方」
「はっはいっ!」
「温いな」
「はい?」
 不意に背中から回ってきた腕にぎゅうと抱き締められる。
 というか元就様に密着されていると言った方が正しい気が。
 いやそうじゃなくって、そりゃあ確かに人より体温は高い方ですけれども、
 まさか呼ばれた用事がこれなんて事……無いですよね?
 あたしの体温が高い事元就様が知ってる訳無いもんね?
「あっあの元就様」
「何だ」
「お寒いのでしたら火鉢か温石を……」
「待って居る間が寒かろう。其方で良い」
「えっえっでも」
「良いと言うておる」
「……はい」
 背中には羽織、お腹にはあたし。確かに温かいだろう。
 何事も無かったかのように黙々とお仕事を続けていらっしゃるので、
 まぁあたしなんかで役に立つのでしたらそりゃ嬉しいんですけど、
 でも時々温さを確かめるみたいにぎゅっとされるのがすごく恥ずかしいです……!



 しばらくして元就様が書いていた書類を丸めて机の脇に置いた。
「あ、終わりましたか」
「うむ」
 という事はそろそろお役御免……?
「我は少し休む」
「はいお休みなさ……ぇぇぇぇ」
 一応起こさないように小さく叫んでみた。
 こてん、と背中に軽い感触がする。耳を澄ますと、微かに寝息が聞こえて来た。
 ちょ、あの、本当に寝ました?
「そっそんなぁ放して下さいよぅ!このままじゃ暇じゃないですかもとな……っ」
 駄目だ騒ぐと怒られる。
 どうしよう、と視線を巡らせると、机の上にぺらりと一枚紙が置かれていた。
 しかも何か書いて下さいと言いたげに墨と硯と筆までついて。
「よっしこの紙暇潰しに使おう。落書きでもして」
 さー何を書こうかなーと嬉々として筆を取り上げたあたしは、
 元就様が後ろからそれを眺めている事には気付いていなかったのだった。



元就は実際何でも出来る人なのか、努力しているだけなのか
前<< 戻る >>次