シリフ霊殿
Schild von Leiden

じごくにほとけ
「隆元、餅を持て」
「駄目です!」
 あーあーまたか。
 障子を数枚隔てた向こうから聞こえてくる怒鳴り声。
 普段は大人しい隆元様がこうして声を荒げるのはただ一つ、
 父であり城主である元就様の事、それも決まって餅関連だ。
 まぁ、元就様の餅好きが異常なのは認めるが。
 隆元様に止められる以前は一日に鏡餅数個分は平らげていたというし。
 というかあれだけ食べて何で太らないんだあの人。
「父上、少しはご自分の立場を自覚していただかないと。
 大毛利の長が餅を喉に引っ掛けて死ぬなんて笑い話にもなりませんよ!」
 そして隆元様も微妙に怒るポイントがずれているような気もする。
 食べ過ぎて腹壊すとか栄養が偏るとかじゃないんだな。
 確かにこの間それで城がひっくり返る程の大騒動が起きたけど、
 「一日三個まで」から「餅禁止」にするのはちょっとやりすぎじゃないだろうか。
 言い渡された時、元就様涙目だったもんな。



「……元就様」
 最愛の長男に叱られて心なしかしょぼーんとしている主君に声を掛ける。
 ゆるゆるとこちらを向くのを確認してから、懐にこっそり忍ばせてあった餅を一切れ出して差し出した。
 途端に眼に生気が戻るんだからこの人案外現金だよな。
「隆元様には内緒ですよ」
「うむ」
 答えるより先に俺の手から奪ってもちもちと食べているから生返事だ。
 ここで「褒美に中国を俺に下さい」とか言ったら頷かれそうな気がする。
 言わないが。
「一つだけか?」
 早々に食べ終え、それでもまだ物欲しそうな眼で俺を見る。
 中国の覇者をこんな風に手懐けていると知ったら、隆元様も海の向こうの鬼もさぞかし怒り狂うに違いない。
 まぁもしばれたら、良いじゃないかの一言くらいは言ってやる心算だ。
「また後で持ってきましょう。足繁く通って隆元様に気付かれるといけませんから」
「うむ」
 ちゃんと一日三個は守らせてるんだからいいじゃないか、と。



餅中毒というものは存在するんだろうか
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