シリフ霊殿
Schild von Leiden

心と背中
「心など、最も要らぬものよ」
 言い放つと女は案の定顔をしかめた。
 成程、これもあの男同様馴れ合いを好む人種か。
「女の身で我に物を説くなど片腹痛い。貴様らは黙って城に居れ」
「……貴方様にはお分かりになりますまい。大切な人を戦で失う気持ちが」
 この手の人間は得てして気持ちだの情だのという言葉を使いたがる。
 そしてその次には情をかけろとごね、我には情が足りぬと詰るのだ。
 戦の場に情を持ち出すなど無意味、ただ流れを狂わせるだけであるというのに。
「それで敵将に刃が振るえなくなっては元も子もあるまい。人の死を恐れるならば、戦場になど立つな」
 昨日の友が今日は仇となるやもしれぬ世の中だ。
 例え相手がどれほど親しくしていた人間であろうと、戦場においては別。
「心などむしろ凍って居る方が良い。相手を見て刃が鈍る事が無くなる」
「……では」
 ぎり、と女が唇を噛んだ。
「では貴方様は、例え奥方様が自分に刃を向けたとしてもそれを斬れると?」
「……何故そこであやつが出て来るのかは分からぬが」
 恐らく他に我に近しい人間が思いつかなかったのであろう。
 或いは肉親の居らぬ者に肉親の情を説いても無駄と思うたか。
 どちらにしても答えは一つ。
「あれが我を裏切るなどあり得ぬ。故に答える必要は無い」





「それでは到底納得などされなかったでしょうに」
「仕方が無かろう」
 堪えもせずに笑う姿に眉を寄せつつ、ぐずり始めた赤子をその手に預けた。
 母の手に抱かれた途端に泣き止むのが小憎らしい。
 もう少し優しく接すれば、と言われたがこれは生まれついてのもので、
 流石にこれのように笑顔で唄など歌いつつというのは難しそうだ。
「其方が我に背く所など、いくら考えても思いつかぬ。
 我が思いつかぬのだからあり得ぬという事だ。よって対処法を考える必要も無い」
「まぁ」
「笑うな」
「だって貴方、」
 言い訳も中途で止めて更に笑っている。
 あの女はさも我の室が謀反を企んでいるかのように言っていたが、
 このようによく笑う真っ直ぐな女が他人を欺くなど想像し難い。
 本人を見ても居らぬ人間に何が分かるものか。 
「困ったわねぇ太郎、母上は父上に謀反を起こせなくなってしまったわよ。
 だって父上にこんなにも信頼されているんですもの」
「笑うな、と言うておろう。大体誰がいつ信頼などと、」
「ただ意地っ張りだから扱いに苦労するだけ。貴方は似ては駄目よ、太郎」
「やや子に妙な事を教え込むで無い!」
 子は何も知らずに母の腕の中で欠伸などしている。



瀬戸内邂逅ドラマCDを聞いて
前<< 戻る >>次