シリフ霊殿
Schild von Leiden

おちる、おと
 暗闇にぴかりと一条の光。
 一拍間を置いて地響きのような音が地上を揺るがせた。
「おーおー派手にやってますねえ」
 障子を開けて部屋の中から外を覗く。
 ここに居れば雷も落ちてこないし雨もかからないので、
 どんなに大きな音がしようとも、感想は自然と呑気な口調になる。
 確か子供の頃はこれが怖くて堪らなかったんだっけ。
 天が怒っていると言って泣きながら乳母やに抱きついた覚えがある。
 いやぁあたしにも可愛い時代があったもんだあはははは……
「……元就何やってんの」
 あれっこの人あんな頭から羽織被ってたっけ。
 その格好のまま平然と政務を続けているもんだからいっそ笑いがこみ上げてくる。
 響いた雷鳴にびくっと肩を震わせて、心なしか不安そうな目で外に目をやるものだから更に笑えてきた。
「怖いの?」
 案の定恐ろしい目で睨まれた。
「誰が何時怖いなどと言った」
「だってそんな格好してるから」
 おい、黙るな。
「……天が怒っておられるのだぞ。頭を低くせねば」
 あっこいつ子供時代のあたしと文明レベル一緒だ。
 単に雷が怖い言い訳という可能性も否定できないけど。
「つまり天が怒っているので怖いからそんな格好をしていると」
「怖いとは言っておらぬ」
「あっそう。じゃああたしちょっくら向こうの部屋に蚊帳取りに行ってくるから、」
 ちょっと、服の袖掴まれてちゃ動けないんだけど。
「……勝手に出て行くでない!」
「……」
 はいはい。



 元就の強がり賢明な御判断により、蚊帳は侍女に持って来て貰う事になった。
 俺様ぶちかまして下さったこの殿は、まだ文机に向かって何やら書いている。
 左手であたしの服の袖を掴んだままなのは、器用と言おうか何と言おうか。
 子供の頃物事をどんな風に考えていたかなんてろくに覚えちゃいないんだけど、
 あれかね、やっぱりちょっとでも誰かに触ってると安心するのかね。
 いや、別に元就が子供の頃のあたしと同じだなんて確証どこにも無いんだけど。
「……っ!」
「いだいいだいいだい元就今肉まで掴んだぁ!」
 外でがらがらと鳴った途端一際強く握り締められた。
 無理矢理引っこ抜いた腕にはくっきりと赤い痕。あーあ、こりゃ痣になるな。
「怖いなら怖いって言いなよー楽になるよ」
 赤くなった箇所にふうふうと息を吹きかけつつ言う。まぁ無駄でしょうが。
「怖くなど無いと言っておろう」
 ほらね。
「じゃあ何でこんなあたしの服掴んだりしたのさ」
「……貴様が怖かろうと思って傍に居てやったのだ、有り難く思え」
 そーかい、あたしの所為かい。
 まぁ何年も殿様なんてやってると、弱音なんか吐けなくなっちゃうんだろうねー。
 何の気無しにぽそっと言った事が士気に関わったりもするんだし。
「じゃあ怖いからもっとひっついてやろうかなっ!」
「なっ……邪魔だ、離れよ!」
「だって怖いんだもーん」
 そんな負担を少しでも和らげてあげる心算で、あたしは元就の背中に飛びついた。
 一人でずっと恐怖に耐えていたんだろう彼を慰めるつもりで。
 別にやましい気持ちがあったんじゃないんですよ。本当に。


 がらぴっしゃーん


「うわ、今のは落ちたかなー……ってうわ、元就!」
 そこへいきなり特大の雷が落ちて、(うん、絶対これは落ちた)
 元就が泡を食って急にあたしを抱き返してきた。
 多分邪魔だって振り払われるだろうと思ってたから、逆の行為への対処が遅れた。
 すなわち、抱きつかれるまま背中から畳に着地するという。
 ……あたた、思いっきし背中打った。



「元就様、蚊帳をお持ちし……」
 うん、侍女さん、だからこれは不可抗力なんだ。
 決して今からこれこれこうしようとしていた訳なんかじゃないんだ。
 でも経緯を詳しく説明するとあたしが頑張って元就に気を遣ったのが無駄になる。
 さーどうしよう。
「……し、失礼しました」
 あっ待って!そのまま行っちゃわないで!
 この手の噂って広がるの早いんだからさ!



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