シリフ霊殿
Schild von Leiden

真夏の雪見
「あっぢー……」
 元気の無い呟きは誰のものだろう。
 校庭の何処かで蝉がじわじわと鳴いている。八月、夏真っ盛り。
 夏休みだからって我らが武術部は活動を休まない。
 というか、殆どの運動部はそうか。
 一昔前までは飲み物飲むと体力が落ちるなんて言われてて、
 炎天下猛練習の中水なんて一滴も飲ませてもらえなかったって先生は言うけど、
 今はそんな事無い、疲れたら自由に水飲んで休憩だ。
 ひょいとベンチの方を見れば、レギュラーの人達が転がってばてている。
 レギュラーは練習量もメニューも多いから体力的にもきついだろう。
 他の部員にドリンクを配り終えて、私はレギュラーの人達に声をかけた。
「どうですか、調子」
 いい感じだよ、と言って佐助先輩が私の差し出したタオルを受け取る。
「このまま行けば次の大会も楽勝かな」
「佐助、慢心はならぬぞ!」
「はいはい」
 会話が聞こえたのか、遠くから幸村先輩の声が飛んできた。
 幸村先輩はこの暑さでも一向に平気みたいで、まだ一人練習を続けている。
「……元気ですねえ、幸村先輩は」
「だよねえ。俺様あっつくてもうダメ」
 手でぱたぱたと顔を扇いで見せる先輩がおかしい。
 少し笑って、それから一つ思いついて言ってみた。
「そうだ、じゃあ私そこのコンビニでアイスでも買ってきますよ。皆さん何がよろしいですか?」
「あーいいねえ。じゃあ俺様はモナカで、」
 アイス、という言葉にベンチに寝転がっていた政宗先輩が反応する。
「気が利くじゃねェか。俺ガリガリ君な」
 金が無ェのか?と茶化したのは隣の元親先輩。
「何なら俺が奢ってやろうか?」
「うっせ」
「あ、俺タイヤキアイスな」
「某には小豆を!」
「旦那聞いてたの!?」
「俺カキ氷のやつ!出来ればイチゴでね」
 割って入ったのは慶次先輩だ。
 とりあえず出てきた品名を全部メモして分かりましたーと言った所で、
「雪見大福を」
「……え?」
「何だ」
「いえ……はい、分かりました」
 最後に追加してきたのはベンチ脇で汗を拭いていた毛利先輩。
 汗はかいているけど表情はいつもと変わらず涼しそうだ。
 びっくりしたのは、この人がまさかアイスなんか頼むとは思わなかったから。
 何か固そうっていうか、ぴしっとしてそうな人だし。
 部活帰りに皆でマック寄って行こうなんて話になっても絶対乗って来ないし。
 しかも雪見大福……あれって、この時期売ってるんだっけ。
「好きだねー毛利ちゃん」
 慶次先輩がベンチから身を乗り出して毛利先輩に話しかける。
「コンビニとか行く度微妙に真剣に探してるもんね」
「こいつ餅好きなんだよ」
 毛利先輩からタオルを奪い取りながら元親先輩。
 そういえばこの二人は幼馴染なんだった。
「正月に雑煮食いすぎて腹壊したんだぜ」
「出鱈目を申すな!」
「ああ悪い、ありゃ雑煮じゃねェよな。具も汁も無視して餅ばっか入ってんの」
「そうではない、何故我が腹を下したなどと……!」
 毛利先輩が怒鳴り散らしている。
 珍しいとは思ったけれど、頼まれた買い物を済ませに私はそっとその場を離れた。
 雪見大福は行こうと思っていたコンビニには多分無い。
 何件か回って探してみよう、と思った。



「お待たせしました!」
 回っていたせいでアイスはもう少しで溶ける所だった。
 少しくらいは仕方ないだろって先輩達は許してくれたけど。
「それにしても、よく雪見大福見つけてきたねえ」
 佐助先輩が小声でこっそり話しかけてきた。
「今時コンビニに置いてないでしょ、あれ」
「ああ……ちょっと裏道に入った小さな駄菓子屋さんにあったんです」
 ああいう個人経営のお店は、品物の入れ替えはあんまりしないですから。
 にっこり笑って言うと、佐助先輩は小さく笑った。
「それ、後で毛利さんに言ってあげな」
「え?」
「あの人絶対買いに行くから」
 随分自信あり気に言うから気になって、そっと先輩達の輪の中に居る毛利先輩を覗いて見る。
 無言で雪見大福を口に運んでいるけれど、何時もの固い表情がほんの少しだけ綻んでいるように見えた。
「ね?絶対、喜ぶから」
「……はい」



雰囲気をぶち壊すようであれですが筆者が餅がそれほど好きではないです
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