我が家には守護霊がついている。
守護霊というと響きは良いけれど、実際の所はただの背後霊だ。
我が家の人間(もっぱらあたし)の行く所行く所ついて来る、ただの背後霊。
何でも遠く戦国時代の殿様の幽霊で、
自分の家が末代まで栄えるかどうか気になってあの世に行けないんだそうな。
四民平等の世の中でまぁ珍しい動機ですこと。
こんな時代じゃあもう繁栄も何もあったもんじゃないだろうに。
や、確かに毛利元就って歴史の授業で習いましたが。
あたしがその毛利とやらの血を引いているらしいのは認めますが。
……昔の人の考える事ってのは分からないなぁ。
「失礼な」
「だぁって分かんないもんは分かんないもん」
だって守護霊って普通何します?
守護霊なだけあってやっぱり守護してる人の守護とかするんじゃないんですか?
そうだとするなら現在机に向かって勉強中の私の後ろ、
あたしなぞには目もくれず苺大福を食らっているこいつは何だ。
守護霊どころじゃないただの亡霊じゃないか。
(何で霊が物を食えるんだという突っ込みはもうするだけ野暮なので諦めた)
「つーかその苺大福あたしのおやつ!」
「其方が早く課題を終わらせぬのが悪い」
「いや早くも何も今始めたばっかですから」
「それしきの問題で悩むでない。毛利の末裔ともあろう者が嘆かわしいぞ」
「じゃああんた解いてみなよ物理の問題ほらぁ」
「横文字は解らぬ」
「お前ただ苺大福食いたかっただけだろ!」
「ふん」
もぐもぐと亡霊は苺大福を食べてしまった。
この野郎今度般若心経でもよんでやるからな。
溜息を吐きながら、ふと目に付いた歴史の教科書を開いてみる。
崩し字文語体しか読めない亡霊には、活字の内容は解らないのを良い事に。
……毛利元就。
群雄割拠の時代において、ただ一人天下を望まず家の安泰だけを望んだ人物。
その軍略は『緻密にして非道』まぁ具体的にどんなもんかは想像するしかないが、
兵はおろか自分の命までも家の為の駒としてしか見ておらず、
厳島の戦いでは自らを囮にして敵軍を懐までおびき寄せ、
袋小路で退路を断ち、背後から伏兵で狙い撃ちにしたという逸話まで残っている。
らしい。以上、歴史の教科書より。
ついでにフォローのように「彼の策は小を殺して大を救った」とも書かれている。
つまりはこの時代から変わり者だったんだな。
「まさか永遠にこの世に居座る気じゃないでしょうね」
自分の分の苺大福を台所から持って来ながら言うと、
そういえば一応ご先祖様にあたる亡霊は口元の餡を拭いながらこちらを見た。
きょとんとしている。居座って何が悪い、とでも言いたげだ。
「永遠に栄える家なんて何処にもある訳無いのに、空しくなりませんか。
自分が死んだ時点で幸せに逝く事だって出来ただろうに居座ったりするから、
いつかは家が滅んでいく所を絶対自分の目で見なきゃいけないんだよ」
昔の人の考えは未だに理解は出来ないけれど、
自分の命を犠牲にしても構わないほど執着してたなら悲しみもひとしおだろう。
「大体家が大事血筋が大事って、そんな考えもうずっと昔に廃れてるんだよ。
お家も血筋も関係ない平和な時代まで家を守りぬいた。それでいいじゃんもう」
亡霊は小さく溜息を吐いた。呆れてるみたいだった。
「……其方も、あれと同じような事を言うのだな」
「あれってどれ」
「我の妻だ」
あ、貴方結婚してたんですね。
そりゃそうか、結婚してなきゃ今頃あたしはこの世に居ない。
「其方は妻に似ている。容姿も、声も、考えも、我へかける言葉も」
「何、懐かしい?会おうと思えば会えるかもよ?」
空を指差しながらあたしが言うと、ご先祖様は少し遠くを見る目つきをした。
爺さん婆さんがよくやる、昔を懐かしむ時の目つき。
「乱世の中にあって、あれは実に平和な女であった。さぞ幸せであったろうと思う。
我は数知れぬ大罪を負った身、よもやあれと同じ所になど行けはすまい」
「あれ、死んだら皆黄泉の国なんじゃないの?」
「は……?」
亡霊は実に間抜けな顔をしてあたしの方を見た。
もう随分と付きまとわれて来たが、こんな表情を見るのは初めてかもしれない。
「だってお天道様は皆に平等なもんじゃない?神道的な考えとして」
亡霊の癖にこのご先祖様は日を浴びるのが好きだ。
半透明の身体を更に日に透けさせて、日の出の方向を何時までも眺めている。
「それに仏教だったら例え地獄に落ちたって生まれ変われるんだからさ。軽く考えときなよ」
探せば奥さんの生まれ変わり見つかるかもよ。
そう言うと亡霊は少しだけ笑った。
「それはもう良いのだ」
そうしてあたしの皿の上から最後の苺大福を奪っていった。
「ちょっ……こらー!あんたいつか本っ当に頭から塩ぶっかけてやるからなぁー!」
大体いつも設定と一場面で気に入って続きを書かない