シリフ霊殿
Schild von Leiden

兎と狼
「元親!」
「おー何だ、エモノ獲って来れたか?」
「兎の後脚に爪が生えていたなどと、計算してないぞ!」
「は……?」
「大体草食動物というのは我らに食われる為に存在しているものではないのか?
 それならば抵抗などせずに大人しく食われれば良いものを……」
「つまり獲れなかったんだな」
「……」

 けられました。





「……んー」
 風が吹く。吹かれてしゃらりと草がなる。
 今日もきっと一日良い天気だ。
「さてと、」
 気配、ばれすぎ。
 動きとろすぎ。間が悪すぎ。
「覚悟!」
「ふんっ」
 どげしッ
「ぐはっ……!」
 手応え無さすぎ。



 綺麗な放物線を描いて草むらに倒れ伏した若い狼。
 若いといってもようやく二歳になるかならないかといった見た目だ。
 二歳にもなればそろそろ一人前、兎の獲り方だって習得していそうな年なのに。
 あたしが強すぎる、という訳じゃあ無いと思うんだ。
 同じようなスキルを持っていた弟はあっという間にこれの同族の胃の中に召された。
 何だ、じゃあこいつがヘタレなだけか。
 哀れな。この弱肉強食の世の中で二年も持ったのが不思議なくらいだ。
「くっ……」
 呻きながら狼がようやっと身体を起こす。頬にはあたしが蹴っ飛ばした赤い足型。
 兎にぶっ飛ばされる狼という構図を一度見てみたいと思っていたが、生憎この数日で見飽きてしまった。
「あんたさァ、何であたしばっか狙う訳」
 自慢じゃないがこれでも生まれた時からずっと命の危険にさらされてきてる。
 少なくとも生後何ヶ月かは親の庇護無しに生きられない狼よりずっと。
 それなりに警戒心も自衛のやり方も習得し、ちょっとやそっとじゃ食われてやらない程には成長している。
「狙うなら他にもっと若くて柔らかそうでとろいのは居るでしょうに」
 言っちゃあ何だけど今のこいつに獲れそうな兎はそんなもんだ。
 それで無理なら死ぬ程よぼよぼな奴かへその緒も取れない子供を狙うしかない。
「あたしこれでも若い盛りなんだからね。初心者に獲られてやる程ヤワじゃないよ」
「……それでも」
 狼は起き上がりながらあたしを睨み付けた。
 起き上がりながら途中で足を折ったようにその場に倒れこむ。
 何、もしかしてろくに立てもしないくらい腹減ってんのこいつ。
 どんだけ下手くそなんだ、狩り。
「それでも我は貴様を捕らえてみせねばならぬのだ」
「へー、そりゃまた何で」
 狼は俯いて悔しそうに黙った。
 ヘタレでも狼なだけあってプライドは無駄に高い。
「……貴様が我の初めての獲物だからだ」
「はぁ?」
「自力で獲物を獲る事は、群れの中で一人前と認められる為に必要な事だ。
 故に獲物も相応のものでなければ我の面目が立たぬ」
 うーん、筋が通ってるようなそうでもないような。
 とりあえずもう一発蹴りを入れながら馬鹿、と返しておいた。
 本当に腹が減っているらしい狼はまた呻き声を上げて草むらに突っ伏した。
「それであたしを捕まえようと頑張ってる内に餓死?
 だとしたら野生動物としてこれ程間抜けな死に方も無いね」
 狼はまたゆるゆると、さっきよりも辛そうに起き上がる。
 本当にプライドだけは高い生き物だ。面倒臭い。
「どんな兎だろうがとっ捕まえれば全部ただの肉じゃん。その辺の雑魚捕まえて誤魔化しなよ」
「そっ……」
「何、捕まえるのに苦労したっぽいのがいい?じゃああれ、あいつ捕まえれば」
 あたしは少し離れた別の草むらを指差した。
 のんびりと草を食む一匹の雌兎。こちらに気付いている様子は、無い。
 まぁ例え気付いたとしても、今ここから狼が走り出せばまず仕留められるだろう。
「若くて食べ頃な上にとろくて警戒心はゼロ。どう?」
 狼は驚いたような顔をしてあたしの方を見た。
「貴様、同属を売るつもりか」
「それで自分の命が助かるならね」
 被食者ってそおゆうもんです。
 食われるべき奴から食われていく、それが掟。
 なら自分よりも先に食われそうな奴から先に食われるべきだ、とね。
「それに、あたしあの子嫌いだもん。弟が死んだ時より心は痛まない」
 ああいう誰かに守ってもらって当然と思ってるような奴はね。
 守ってもらう?ふざけんな。
 こんな生きるか死ぬかの世の中で、他人を守ってる余裕なんてあるもんか。
 お前の母親だってあたしの母親だって、あたしらを生んで守る為に命を落としたんじゃないか。
 狼はしばらく下を向いて思案した後、身体を引きずりながら指差した先に消えた。





「ねえねえちょっと聞いた?」
「んぁ、何?」
「ほら、皆の噂だった子いたじゃん。あの子狼に食べられちゃったんだって」
「ああそう……しょうがないよね」
 あたしの嫌いなあの子を食べた狼、それがあの狼だったのか確かめる術は無い。
 けれどもそれで良い、と思った。
 きっともう二、三日して腹が減れば、あれはまたあたしを襲いにやって来るのだ。
 駄目なら他の雑魚を捕まえて飢えを満たし、そしてまたあたしを襲いに来る。
 あたしがいつか死ぬその日まで。
 まぁ、それまでにあれが餓死していなければの話だけど。

「見つけたぞ!今度こそ覚……」
「あーらお久し振りー思ったより早かったねー?」
「ぐはっ!」
「ごーめんごめん鳩尾いったー♪」



私の趣味が如実に出た組み合わせだと思いました
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