雨の合間に晴れの日が増えてきた。
もうそろそろ梅雨も明けるのだろうか。
「の割にここの殿様は機嫌悪いまんまみたいだねぇ」
出された茶を啜りながらちらりと横目で隣の様子を窺う。
「別に、機嫌を損ねた覚えは無いが」
大体今日はちゃんと日輪も出ているし、家臣が何か失態をした訳でも無い。
自分の気に障るような事が起こっていないのに機嫌を悪くする理由は無いだろう。
機嫌が悪くないのは隣に居る人間の所為だとは間違っても言わないのが、彼が毛利元就たる所以である。
「あらそう?じゃあ普段からそんなむっつりなだけか」
「今何と言った貴様」
「あはははははー」
湯呑みを乗せて来た盆で顔を庇う様に隠しながら彼女は笑った。
この能天気な笑顔を見るのは、実に半月振りになる。
「……今回は泊まってゆかぬのであったか」
「うん、いっつも来る度泊めて貰っちゃってるし。たまにはね」
それに、行きたい所あるし。
言いながら笑う姿に、何故か胸がざわつくのを感じた。
自国と姫君という立場を捨てて全国を行脚している彼女は、言い換えればとても自由な立場にある。
行きたい所に行って、行きたくなければ行かない。
今は何だかんだで定期的にここへ立ち寄ってくれてはいるが、
ここに足を向けなくなる日だっていつ来るか知れない。
理由を尋ねてもきっと、「飽きた」の一言で終わるのだろう。
人の気持ちなどえてしてそんなものだ。特に彼女の場合は。
「あうー!」
間抜けな叫びに思考が現実に戻ってくる。
「雨降ってきちゃった」
視線をやると、彼女が恨めしそうに空を見上げているのが見えた。
成程先刻まで晴れていた空は灰色に曇り、小粒ではあるが雫を降らせている。
「うーこれじゃお祭り中止かなぁ……」
「……祭り?」
「今日は厳島でお祭りがあるっていうから、見に行こうと思ってたのに」
もしかしなくとも行きたいと言っていたのはそこか。
呆れ果てて声も出ない。
「……祭りは明日だが」
「え」
「今日だとすれば、我が見物もせず城に居る道理が無かろう」
「……それもそーですね」
呟いてから、しまったと言いたげに顔色を変える。
「あのー、も、元就さん」
「何だ」
「私お祭りを見たいんですが、というかぶっちゃけそれ目当てで来たんですが、
それには明日までここに居ないといけなくてですね……その、泊めてなど」
「先刻泊まらぬと聞いたが」
「いやいやいやそんな事は仰らずに……あのほんと、縁の下でも軒下でも良いんで」
「置くのは構わぬが、見張りの兵に殺されても我は知らぬぞ」
「そこはほら殿様権限で一言さぁ……ね?」
喉の奥で笑いを噛み殺しながら元就は空を見上げる。
見上げても日輪は隠れ忌々しい雨が降るばかりだったけれども、
(……たまには役に立つこともあるではないか)
「ねーほんと後生ですから元就様ー……」
「町に出て宿でも取ったらどうだ」
「ここに来るのに路銀がかなりかかりまして……」
「阿呆が」
「……はいすいません仰る通りで」
「ふん」
ひとしきり遊んだ所で処遇を考える。
今から近習に言いつけて空き部屋を用意させる事は難しそうだ。
明日が祭りであるのは事実、こちらにも色々しなければならない事もある。
何より普段貸し与えている部屋は、祭りを見に来る同盟国の国主で埋まっていた。
さて如何するか、としばし思考を巡らせる。
城下町で宿を借りる分の路銀を提供すれば良いという考えは何故か浮かばない。
「仕方があるまい、後で我の部屋に布団をもう一枚運ばせる」
「わーいありがとうございま……え?」
「不満でもあるのか?」
「いやあの……え?」
「布団が要らぬというならば畳の上に寝れば良い」
「いやいやいやいやいやいやいや」
「では何だ」
「えーとー……」
今にして思うと多分一番最後別に要らなかった