シリフ霊殿
Schild von Leiden

容赦なんてない
「分からねえ……あんた本当にそれで幸せなのか?」
 出し抜けにそんな事を言われたのであたしは寸の間首を傾げて、そして笑った。
「あはは、やだなぁ。忍びに幸せとかそんな感情論説いたって駄目ですよぅ」
 説くだけ無駄ですから。そう言うと敵方の不思議な大将は眉間に皺を寄せた。
 ご主人様とは似ても似つかない人だと思ってたけど、そうすると少し似てますね。
 言いませんけど。
「そうですね、あえて言うなら、ご主人様のお役に立つ事があたしの幸せですから」
 お役に立つと、ご主人様が喜んで下さる。
 あんなお人だから滅多に表情に出さないけれど、とても嬉しそうにして下さる。
 それが、目下の所のあたしの『幸せ』だ。
 何故あんな大将の下に、と、会った人は皆あたしにそう言う。
 現にこの大将もさっき言ったし、知り合いの忍びにも事ある毎に言われる。
 確かにご主人様候補なんて他に何人もいたけどさ。
 いいじゃない、今のご主人様を選んだのはあたしの勝手。
 里が選んでくれなかったから、あたしが自分で選んだ。
 とてもとても長い、あたしにとっては長すぎるくらいの時間をかけて。
「という訳で大将殿、あたしのご主人様の為に死んでいただきます」
 剣を振り上げる。
 振り下ろしながら、お願いします、と呟く。
 消えてください、お願いします。
 あたしのご主人様の為に、あたし自身の幸せとやらの為に、
 魂の一片も残さずに、どうぞ、どうぞ、安らかに。



 背後に、人の気配がする。
 人を嘗めきったようなこの気配の消し方には覚えがあった。
「さっすが、相変わらず容赦ないねえ」
「……やっぱり、貴方でしたか」
 敵情視察ですかと尋ねると、佐助はまあそんなとこ、と曖昧に答えた。
「同業ながら惚れ惚れしちゃうような容赦のなさだよね。俺様尊敬しちゃう」
「貴方こそ、この間の戦では随分と活躍なさってたそうですね」
「いやー俺様のはほら、仕事だから」
 茶化したように言ってへらりと笑う。
 仕事、と割り切らなければ、この忍びは戦など恐ろしくてやっていられないという。
 何故そんなに死にたがる、と殺しながら叫んでいたのを物陰から何度も見た。
「誰かの為に戦うっていう忍びは知り合いにいるけどさ、あれもあんた程じゃないよ。
 あの人の為、って言い続けなきゃ人も殺せないの」
「あはは、あたしだってそうですよ」
「そうかな?だってあんたは主君の為なら何だってするだろ。何の抵抗も、躊躇もなく」
 しますよ。
 だって、ご主人様の為ですもの。
「そこがあんたとあいつの違う所だ。何の差だと思う?」
「……知らない、ですよ。だって、あたしはただご主人様が大切で、大切で、」
 あんな寂しい思い、もう二度としたくない。
 自分という存在が朧になって、根元から崩れていくような、あんな思いは。
 それだけ。
「……里が選んだご主人様に仕えている貴方には分からないだけです」
「じゃーかすがは?さっき言ってた俺様の知り合い。あいつ、前の主人捨てて今のに仕えてんだけど」
「その人はきっと、忍びとしての覚悟が足りないのです」
「……へぇ」
 主あってこその忍び。主なき忍びなど忍びではない。
 それなのにあたしの里は、あたしに主を選んでくれる事なく滅んでしまった。
 だからあたしは長い間、あたしという存在になれないでいた。
「ご主人様からの任務は終わりましたから、帰らないと」
「そっか、バイバイ。……また、戦があったら」
「そうですね。暇があれば、また旦那様お勧めのお菓子でも持って来て下さい」
「だから旦那って名前じゃないって……まあいっか。はいはい」

 『我の役に立て』
 そう、あの人が言って下さるまでは。





 城に帰り着くと、ご主人様は直ぐにどうであった、と聞いてきた。
 これ程あたしを気に掛けてくれてるのが嬉しい。
「暗殺、成功しました。後は多分、放っておけば総崩れになると思います」
「そうか」
 良くやった、と言って、ご主人様はあたしに向けてほんの少しだけ笑った。
「其方はまこと役に立つ駒よ」
「えへ、ありがとうございます、元就様」
 だって貴方はあたしをあたしにしてくれた人ですもの。
 言いませんけど。



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