シリフ霊殿
Schild von Leiden

肘鉄食らって砕け散れ
「女教師って響き、萌えねえ?」
「別に」
 それよりも下校時間は過ぎてるんだから早く帰りなさい伊達君。
 あたしは今日やった小テストの採点で忙しいんだからさっさと帰りなさい。
 むしろ帰れ。
 しかしお前、台詞に英語が混じる癖に英語の小テストこの点なのはどういう事だ。
「いわゆる男のRomanってやつだ。そう思うだろ?」
「あ、ごめんあたし男じゃないから」
 常々思うんだが男の浪漫というのはどうしてこう穢れたものが多いんだろう。
 浪漫という言葉の語源はそもそも夢や冒険への憧れという意味だった気がする。
 ああ、若い雄の夢や憧れっていう意味じゃ間違ってないのか。
 とりあえず机の上に頬杖をつくんじゃない邪魔だから。
「ただの女性教諭にそこまで萌えだか燃えだかはしませんよ」
「女教師だ」
「一緒でしょ」
「No!Nuanceが全然違ぇ!」
 ああ、薬をドラッグっていうかメディシンっていうかの違いみたいなもんか。
 興味無いけど。
「恋は障害があってこそ燃えるもんだろ?」
「残念ながらあたしはそういう禁断の関係に萌えるみたいな嗜好は無いから」
「あっても無くても関係ねぇよ!必要なのはLove、それだけだ」
「そんなもんあたしには無い」
 そもそもあたしにはあんたの燃えだの萌えだのに付き合う義理は無い。
 だからさっさとその頬杖をどけて職員室を出て行ってもらいたい。
 何で生徒に採点の現場を逐一見せてやらなきゃならないんだ。



 伊達政宗。
 これのクラスの英語を受け持つようになって三ヶ月になる。
 故意か偶然か整った顔の生徒の多いクラスで同僚には随分羨ましがられたし、
 その中でもこれはかなりの人気があるらしくむしろ軽い嫉妬すら買ったが、
 少なくとも私は生徒にそういう感情を抱く気は無い。
 あんなものは漫画かエロ本の中だけで十分じゃないだろうか。
 溜息をついては見るものの状況は変化しそうに無い。
 とどのつまりこの少年はあたしに一目惚れしたのだという。
 馬鹿馬鹿しいと切り捨てるんじゃなかった、せめて嘘でも恋人が居るとでも言っておけば、
 今頃こうして邪魔をされる事も無かったんだと思うと後悔は尽きない。
 成程この年頃の男というのはしつこいのか、次から気をつける事にしよう。



「Three months ago」
 相変わらずあたしの採点の邪魔をしている伊達がまた口を開く。
「知ってる」
 あたしは視線を向けもせずに答える。
 おいおい、真田のこの偏差値は好い加減どうにかならんもんか。受験やばいぞ。
 猿飛もうちょっとちゃんと教えてやってくれないか。
「俺の計算じゃそろそろアンタは俺に落ちてくれる筈なんだけどなァ?」
「残念だけどどうやらその計算は狂ってるらしいね」
 こちとらお前みたいなおぼこよりはよっぽど場数踏んでるんだよ。
 バイト先の親父のセクハラに遭った事も赴任先の校長に色目使われた事もある。
 今更ガキにときめくもんか。
 ……言ったらあたしの給料がやばいので言わないが。
「じゃあ何時になるんだよ」
「永遠の謎」
「じゃあ明日な!」
「勝手に決めるな」
 ただ親父共と違う所が一つ。
 この少年はまだ若い。そりゃあ、若いから少年って言うんだろう当たり前だ。
 だからどこまでもまっすぐあたしを想っていて、そこに汚い下心は何処にも無い。
 その辺りは微笑ましい。



「伊達」
「ンだよ」
「下校時刻過ぎてるからとっとと帰りなさい」
 ただそれとこれとは別問題なんだ。



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