「殺してしまわはったん?」
自分の腕に縋ったままおずおずと聞いて来るので、肩を抱いてやりながら大丈夫だよ、と囁いた。
「死んでない、ちょっと伸びてるだけさ」
「そうなん……」
あからさまにほっとした表情を浮かべる女に、ふと彼女の面影が重なった。
彼女も自分が人を殺す事を極端に嫌がった。
剣の腕が上達しても戦に参加するという考えにならなかったのは、
戦で人を殺せば彼女が悲しむという思いが何処かにあったからなのだろう。
「あの子に悲しい思いだけは、させたくないからね」
「馬っ鹿じゃないのかい?」
「あれっ?」
本人に言ってみたらば腕組みをして悪し様に罵られた。
「おっかしいなー、前に人殺しは嫌いだって聞いたからてっきり……」
「ああ、そりゃあ嫌いだけどね」
自分の傍で空になった団子の皿を片付けながら応じる、
その前掛けが真っ赤で血の様だと一瞬だけ思った。
「最近また大きい戦があったらしいね。人も沢山死んだって聞いた」
「……ああ」
「そんな戦の後なんか時々ね、お武家様がうちに茶を飲みに来るんだよ。
落ち武者なんだかそれを追ってるんだか、あたしには分かりゃしないけどね」
真っ赤な前掛けは、色こそ似ているが血とは違う。
生き物が体内に隠し持つ生命の『色』を、そこからは感じない。
「そいつらがまぁこぞって嫌な臭いなのさ。ありゃ血か腐臭か、それとも死臭かね。
今は頻繁じゃないから良いけど、そうそう来られちゃたまったもんじゃないよ」
食後の茶が入った湯呑みが、少し控え目に目の前に置かれる。
「慶さんもお武家さんなんだから、いつかはあれと同じ様になるのかと、
思ったらちょっと嫌だっただけさ!そんだけだよ」
やだね湿っぽい話になっちまって、と肩を叩き、いそいそと自分に背を向ける。
何だか嬉しくなって、その背に声を掛けた。
「やっぱ、団子もう一皿貰うよ!」
初書き慶次