シリフ霊殿
Schild von Leiden

飽和冷凍
「マスターぁ」
「ぐえ!」
 い、痛い重い苦しい。お前私の体重の何倍あると。
 まあ買ってこのかた実際こいつを体重計に乗せた事など無いんだが、常識的に大の男にのしかかられて重くない訳が無い。
「な、なにカイト、とりあえず退いて」
 ボーカロイドがどういう構造で声を出してるのか詳しくは知りませんが、
 少なくとも人間が声を出すには肺と腹筋と声帯が必要でですね。
 私現在その内の前者二つをお前様に圧迫されているんですが。
 返答が欲しくばとりあえず可及的速やかに私の上から退け。
 つかパソコンが!キーボードが!
 お前今私が机の上に一生懸命腕突っ張ってるの知ってるかーいっ。
 あの私ちょっと今お前用の曲の微調整してたんだけど、変なキー押してうっかりデータ消えたらどうするつもりだこの野郎。

「今日はアイス無いんですか?」
 そして退いた第一声がそれか。
 お前私をアイス用冷蔵庫開け閉め機か何かだと思ってんじゃないだろうな。
 あー、と強張った背中を伸ばしながら言い訳してみる。
「アイスばっかりだと栄養が偏ります」
「俺は大丈夫ですよ。ボーカロイドですから」
「黙れ」
 自分を機械と主張するのならそもそも機械がアイスなぞ食うんじゃない。
 防水加工って普通表面だけのものであって中身は水に弱いもんなんだよ?
 アイスの一体何割が水分だと。
「頑張って歌ったご褒美にアイス下さい」
「あれっこの曲お前がリンレンに浮気したとか拗ねるから作ってるっていうか
 お前が歌いたい歌いたいって泣いて喚いたから私今頑張ってんだけど」
「それはそれ、これはこれです」
「黙れ!」
「駄目ですかぁ……?」
 あっ泣き落としが来た。
 私の弱い角度と表情を熟知してるのは日々の積み重ね。確実に歌以外の何かのスキル上げてやがんなこいつ。
「マスター、俺の事嫌いになったんですか?」
 何で高々アイス一個で愛情を疑われなくちゃならないんですか。
 つーかもう自分で取りに行って来いよ。
 とは思いつつも、
「……あーもう!」
 立ち上がってしまう辺り私はカイトに甘い。と思う。
「俺、バニラが良いです」
「知ってる。パソコン弄らないでよ」
「弄りませんよ」
 いや、この間歌詞が勝手にラブソングに書き換えられてたの、あれ私あんたの仕業だと思ってるからさ。





「包装全部一緒でバニラ味かどうか分からないんだけどこれでもいい?」
「はい、ありがとうございます」
 ベッドの上に背中合わせになるようにして座って、私もカイトが受け取らなかった方にスプーンをつける。
「……マスター」
「何?」
「何アイスですか、これ?」
「名古屋名物手羽先アイスですが」
 冷凍庫にこれしか無かったの。おとんの出張土産。
 アイスの中に脂の乗った手羽先が丸ごと入っております。豪勢だねー。
 ちなみに私のは味噌アイス。結構いけるよ。少なくともこっちは。
「酷いです苛めです嫌がらせですっ!」
「ありがとうって言って受け取ったのはあんた」
 バニラじゃなくても良いって言ったし。
「いらないなら返して」
「……食べます」
「あっそう」
 そのまま二、三口を食べた所で流石に気の毒になって、
「カイト、良かったら取り替え……」
「はい?」
「……ごめん、食べ終わるまでこっち見ないで」
 振り返って猛烈に後悔した。



カイトのアイスネタ以外のネタを出すのは苦労します
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