何をするにも気分が乗らない日、というのがままある。
この場合は気持ちが沈むと表現した方が良いのだろうか。
女であればブルーデーとでも言い訳が立ったかもしれない。
歩く道すがら草食動物を見つけても、咬み付いてやる気力もない程身体がだるい。
応接室の豪華な椅子に沈み込んだまま、雲雀はぼんやりと空を眺めていた。
「……そうだ、屋上に行こう」
まるでどこぞの旅行キャッチコピーのようだが、不思議な事にこういう時雲雀の足は自然と屋上に向く。
行けば少しは楽になれるような気がするのかもしれない。
実際には行った所で物騒な誰かが一人、いるかいないかなだけなのだけれど。
屋上にはまだ誰も居なかった。
少々拍子抜けはしたが、それでもコンクリートの壁に寄りかかって景色を見ていると心が和む。
屋上から眺める並盛の町並みは、雲雀の好きなものの一つだ。
すとん、と人間にしては軽やか過ぎる足音が降りてきた。
そもそも何処から降りてきたのかすら見当が付かない。
いつの間にか目の前にいつもの少女が不思議そうな表情で立っていて、
コンクリートの壁にもたれるようにして座り込んだ雲雀をじっと見ていた。
余程気になるのか、腰を曲げるようにしてまでぐいぐいと顔を覗き込んでくる。
「……何?」
気の無い返事をしてみれば余計に首を傾げるばかり。
どうやら自分が目の前に居るのに雲雀が臨戦態勢に入らないのが不思議らしい。
普段は気配がしただけで互いに武器を構える程なのだから。
「悪いけど、今日はそんな気分じゃないんだ」
雲雀の言葉を聞くと少女は更に首を傾げ、
それから少し考えた後、雲雀の両脇にもたれかかるように手をついた。
鈍い音がして、いつものナイフが雲雀の首筋ぎりぎりの所に突き刺さる。
その気が無いのならその気にさせようという魂胆らしい。
雲雀の様子を窺うように、大きな目が再び雲雀の顔を覗き込む。
それでも反応が見られないのを見て、少女はゆっくりと雲雀の上から退いた。
ふわりと何かが額に触れる感触で雲雀は顔を上げた。
人のものよりもやや低い温度。
少女がその手の平を伸ばして、雲雀の額を優しく撫でている。
撫で終わると少女はにこりと笑い、そのまま踵を返した。
雲雀が我に返った頃にはもう姿を消している。
見回すと、少女のいた場所に植物の葉が一枚残されていた。
何処から取って来たものか、青々とした綺麗なものである。
葉の表面にはまるで浮かんできたかのような不思議な筆跡で、
『奈々』
「……お見舞いのつもりかい?」
ともあれ、先刻までの沈んだ気分は不思議と消えていた。
このヒロイン実際何者なんでしょうね。幽霊にしては物騒すぎるので