シリフ霊殿
Schild von Leiden

06.岩峰舟
 幸いにして舟が『外』へ出るのに使ったルートは分かっていた。効率を重視する彼は、いつだって大きな研究所の最短ルートを通る。
 ドール用に開けてある『外』への通用口に近付くと、成程急に血の臭いが濃くなった。壁や床には塗りつけたようなおびただしい血痕。そしてその血溜りの隅に、半ば肉塊と化した舟が転がっていた。
「はぁ……は……」
 右腕と下半身がほぼ原型を留めていない。動きの鈍い所から狙われたのか。
 血が周囲に飛び散っているのは、残った左腕でどうにか移動を試みたからだろう。死人の身体を持つドールでなければ、とっくに出血多量で死んでいる所だ。
「舟」
 血で滑りそうな廊下を何とか渡り、舟のもとへと近付く。私が近付いてきたのに気付くと、舟はやけに怯えた目をして私に縋り付いて来た。
「言っただろう、『外』は危ないから君は行かない方が良いと」
 何時ものように頭を撫でて宥めてやったが、舟の震えは収まらない。余程『外』で怖い目に遭ったのか。これ程の怪我を負わされたのだから当然だ。
「……まあ試薬は嘆が持ってきてくれたことだし、君が死ななくて何よりだよ」
 軽く溜息を吐いて、研究室に戻ろうとしゃがんでいた腰を浮かしかけた。と、舟の左手が震えながら私の白衣の袖を掴んでいる。
「舟、もう大丈……」
「……貴女が、死なないようにというから」
「え?」
「命令に背くドールに利用価値などないでしょう?研究の助手も鑑賞用の人形も、私以外に幾らでも供給はあるのですから」
「……」
「それとも、ここまで身体を壊してしまった時点でもう命令を守った意味などないでしょうか?」
 成程、先刻からずっと怯えていた理由はそれか。
 死ぬ事より私に捨てられる事を怖がるのはドールの悲しい性だ。舟はその点において、更に一歩突出している。
 ……少し、やりすぎただろうか。
「全く、舟は私の助手なのに何も覚えていないのかい?ドールは材料さえあれば、足が取れようが首が飛ぼうが修復が出来るのだからね?」
 舟の上半身を持って抱き上げると、僅かに筋繊維で繋がっていただけの下半身は千切れて落ちた。
 両手に抱える程の大きさになった舟を抱いて、研究室までの道のりを歩く。歩く道々、血塗れの背中を擦ってやると、舟もようやく落ち着いたようだった。
「帰ったら、午後は君の修復にあてよう。実験をする時間は幾らでもあるからね」
「……縫合痕が残ってしまいますかね」
「嫌かい?」
「貴女が折角綺麗に作ってくださった身体ですから」
「そこは私の腕の見せ所だね。また上手くやるさ」
 軽口を叩くと、舟は微かに笑って左手で私に甘えた。
「貴女に殺されて、本当に良かった」
「……ドールが余計な事を思い出すものでは無いよ」



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