シリフ霊殿
Schild von Leiden

モーニングエッグハングリー
「……さ」
 寒い。眠い。だるい。腹が減った。
 痛いという感覚は感じすぎてとうに麻痺しているらしい。
 ずるりずるり、刀と足を引きずりながら当ても無く銀時は歩いている。
 生きるべきか死ぬべきか、少し前に確か決めた筈だったのだけれど、
 気がつけば生きる理由も死ぬ理由も失くしてしまっていた。
 生きる気も無いけれど死ぬ気も無い、死んでいないから生きているしか無い。
 だからこうして野山などを彷徨っている。
 今もし自分を鏡で見たならきっと酷い目をしている、と思った。
 手負いの獣などという洒落たものですら無い、例えて言うなら死んだ魚の目。
 無様極まりねえなオイ、少しだけ笑えた。



 がさり、と下草が動いた。
 胡乱な魚の目がゆっくりとそちらを振り向く。
 仲間か、残党狩りか、猛獣か、色々巡らせた想像の末に現れたのは、
 そのどれもに反して薄汚い格好の子供だった。
 (勿論汚れ具合に関しては銀時も人の事は言えなかったのだけれど)
 いかにも野生児といった風体の、薄汚れた身体、伸び切った爪と髪、
 その腕には大事そうに山菜が握られていた。
 子供は長い前髪の下から銀時を見上げると一言、

「……たべる?」

 一際大きい腹の音が返事代わりに響き渡った。
 流石、人間の三大欲求の一つなだけはある。





「銀ちゃん」
 野生児の起こし方はやはりワイルドだ。
 今しがた夢の中で回想した頃から何一つ変わっていない。
 昨夜入れた内容物を押し出しそうな胃を押さえて呻きながら銀時はそう思った。
「銀ちゃん、ごはん」
「オイコラ第一声がそれかテメーまず俺に謝れっていうか俺の胃に謝れ」
「ごめん、ごはん」
「第一声じゃなきゃ良いってもんじゃねえぞオイ」
「卵かけごはん?」
「……悪い」
「ううん」
 あっさり己の上から退き、とことこと冷蔵庫へ向かっていく子供。
 一応人並みの暮らしを始めた為、身なりは多少変わっている。
 服は買ってやったし風呂にもぶち込んだ、髪も爪も整えた。
 けれどもそんな事よりこの子供の幸せは食料がある事。
 それを知るのにさして時間はかからなかった。
 粗食でも決して文句は言わない。食べられるのならばにこにことそれを食べる。
 あの頃に比べればずっとご馳走だと思っているのだろう。


(あれっ ちょ、山菜って生で食うもんだったっけ?
 いやいややばいよこの色は流石にやばいだろお前この色は幾ら何でも無ェよ
 この手の派手な色は絶対に警戒色だってオイ死ぬぞお前これは止めろって
 ほらここ明らかに腐ってるし ちょっ、お前そこだけ俺に寄越せ
 俺は慣れてっから良いんだよお前そっち食ってろ半分こだと思ってほら)


「……仕事、探してくっか」
 幸いにもあの子供が叩き起こしてくれたお陰で未だ早朝だ。



不愛想と幼女の組み合わせが可愛いんですってば
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