シリフ霊殿
Schild von Leiden

vs ひつじさん
 心地良い秋の日、恋人と家で二人きり。
 携帯の電源は切ってある。(後で友人達に絞られるに違いない)
 邪魔をする家族も、今日ばかりは外出していて居ない。
 今二人の間を隔てるものはただ一つ、そう
「#奈々……」
「近寄らないでくんない、あんた体温低いから寒い」
「え、ちょっ……」

 今年一番の冷え込みを見せた今日の気温だけだった。



「うふふふ、ひつじさんーひつじさんー」
 彼女が満面の笑みで抱きしめているのは、羊の形をした小さなクッション。
 抱きしめるとほんのり温かい、この季節には嬉しいアイテムだ。
 暖房も入れていないので冷えている部屋の中、他のもので暖をとろうとするのは当然の事だろう。
 自分だって寒い事には違いないので、うかつに理不尽な事は言えない。
 無機物に嫉妬したなどと言ったところで、彼女には一笑に伏されて終わりだ。
「けど普通その位置には恋人がはいるものじゃないかなっ?」
「うっわこれだから最近の若者は嫌だねー。個性個性言う癖に肝心な時だけ普通とか大抵とか」
「だってこの状況下でモノと恋人だったら普通は恋人でしょ?」
「あたしが普通じゃないとでも思っとけば?」
「〜っ」
「何、反論できない?」
「少なくとも僕はそんなモノよりもっと温かく包んであげられるくらい、#奈々の事を、愛してる!」
「あっそ。でもあたしは羊さんの方を愛してる」
「(羊 に 負 け る 彼 氏 っ て ・ ・ ・ !)」
 しかも厳密に言うならば温かいのは羊ではなくその内臓部分、
 レンジでチンする必要のあるジェル袋だったりする。



 僕の心は木枯らしです的な表情で凹んでしまった不二を見て、
 流石の#奈々もやりすぎたと思ったらしい。
 羊を愛してると言いはしても、そういえばこの男は一応自分が惚れた人間なのだ。
「……は。しょーがないわね」
「?」
 ぼふん、と頭の上に羊を乗せると、不二が半泣きの顔を上げた。
「あんたも羊さんの恩恵に預からせてあげる。ほらこっち来て」
「……」
「来なくてもいいの?」
「……行く」



 暖房は意地でもつけない事に決めた。



袋が破けてジェルむき出しになってもまだ愛してる
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