風呂上り。
鏡の前を通りかかった時に、自分の髪が随分と伸びている事に気がついた。
既に肩にかかろうとしてている。そういえば随分と切っていなかった。
とりあえずしばらくは姉のゴム紐を借りておくとして、
「やっぱり……切らなきゃいけないのかな……」
何となく、切ってしまうのが惜しい。
「前にテニスの邪魔になるから短い方が良いとか言ってなかった?」
「それはそうなんだけどね」
休み時間。
昨夜濡れて身体に張り付いていた髪は、乾いて更に質量を増していた。
教室内の空調に靡いてさらさらと音まで立てる始末である。
「なら切れば良いのに」
「いいよ、しばらくはこのままで」
「何でさ。時間が無いとか?」
「別に」
「じゃあ何」
尋ねながら#奈々は不二の髪を指で梳く。
少々の風でも靡くだけのことはあって、かなりきめが細かい。
本人が長い髪を洗い慣れていたなら、さぞや良い触り心地だっただろう。
さらりさらりと梳いていると、ようやく返事があった。
「ほら言うじゃない、失恋したら髪を切るって」
考えた割には随分と見破りやすい嘘である。
「それはつまり、私が別れようとか言わない限り周助は髪切らないって事?」
「切らせる為だけに別れるとか言わないでよ?」
「えー」
「……やっぱり言うつもりだったね」
「だって言わなきゃ切らないんでしょ?」
リアクションが見たかったというのも半分。
「切りたくないの?」
「うーん……」
返答が途切れた。多分、図星なのだろう。
髪を伸ばしっぱなしにしているのは、彼にとってはかなり負担なはずだ。
いつぞや言っていたようにテニスの邪魔だし、洗うのにも手間がかかる。
「でも長い方が梳き応えありそうでしょ?」
#奈々が。
思わず髪を梳く手を止めてしまった。
「#奈々にこうして髪を梳いてもらうのが好きなんだ」
振り向いた瞳がこちらを見つめている。
してやったり、という勝ち誇った顔。
何だか悔しいので意趣返しをしてやった。
「そう。でも、私はこのままじゃちょっと困るんだけど」
「え?」
「私はね、こうして髪を梳きながら周助の横顔とかうなじとか眺めるのが好きなの」
長い髪に隠れて見えないそれは、きっと今だけ少し赤い。
「……明日には切ってくるよ……」
「うん、そうして」
実際微妙な長さですよね