シリフ霊殿
Schild von Leiden

倫敦紅茶館
 優雅な英国庭園は見事なシンメトリー。中央には白いテーブルに白い椅子。
 白い磁器のポットとカップで、彼は優雅に紅茶を淹れる。
 受けているのは、黒い髪と眼を持った東洋系の女性である。
「……か、勘違いするなよ」
 がちゃん、と些か乱暴にソーサーをテーブルに置く音。
「別にお前の為に淹れてやってるんじゃないんだからな!ただのもてなしで……」
「客人である私の為に淹れないで何がもてなしだと言うのでしょう」
「うっ……」
 紅茶の温度は90℃が基本である。



 白いカップに白いソーサー。白い調度品によく似合う。
 座っているのは黒髪の女性。
 周囲は緑と花で溢れているのに、彼女の周囲だけモノクロームのように見えた。
「……つまり、だな」
 かちり、とカップをソーサーに戻す音。
「俺が茶を出したのはお前が日本からの親善大使だからであって」
「はいはい」
 相手は紅茶を飲みながら空返事である。
 アールグレイにはミルクと砂糖を少々入れて飲むのが良い。
「お前がもし観光で来たとかだったらこんな事は絶対に、」
「観光ですが」
「……は?」
 言ってありませんでしたか、と笑って彼女もカップを置いた。
「訪英の用事が予定より早く終了したので、今日は一日私用に使わせて貰うと」
 さぁどうします。
 紅茶色の水面にゆらゆらと笑顔が揺れている。
「うっ、そ、それは……」
 真面目で知られる日本人が報告を怠る訳が無い、と彼は確信している。
 実際彼女を遣わした彼は神経質なまでの几帳面さを誇っていた。
 そして彼女自身も態々報告をしにこちらへ足を向けてくれたのだろう。
 言い訳が出来ない。
 しばらく何も言い返せず黙り込んだ。
 そうやって口篭る時点で自分の心理が露呈しているという事さえ彼は気付かない。



「……い、淹れたものは仕方無いだろ!折角来たんだからクッキーでも食べて行け!」
「ありがとうございます」



この国紅茶だけはすごく安くておいしかったなという記憶
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