シリフ霊殿
Schild von Leiden

到達点に落ちる
 この主は酷い主だと思う。
 例えば前の主は正室を大層愛していて、他の女を顧みることはなかった。
 けれどこの主は、昨夜彼に囁いた睦言を今夜は僕の耳に吹き込む。
 美しいだの愛らしいだの、一番好もしいのはお前だの。
 僕がそんなものを頭から信じると思っているのか。
 自分が愛されていると疑わない戦友に、明日どんな顔をして会えと言うんだ。
 罪悪感でびりびりと耳朶が痺れる。
 しかし明日この睦言を聞かされるのは、或いは彼でも僕でもないのかもしれない。
 いいや、認めたくないだけで僕は確信している。
 明晩この床の上でこの主に愛でられるのは僕ではなく、彼でもない。
 少しは前の主を見習ってくればいいのに。腸が煮え返るようだ。
 大体この主は趣味も悪い。
 前の主は茶道に通じた人だったから、僕にも侘びた風流な装いをさせてくれた。
 だのに今はどうだ、下品な赤色に染められた縄で全身をぎちりと戒められている。
 それも、まさかこの為に人の姿をとらせたのかと思うほど堂に入ったやり方で。
 無様な姿を見て主が笑う。耳元に熱く言霊を流し込む。
 幾ら上手いことを言ったって僕は知っている。
 昨晩の相手は僕ではなかったし明日の相手も明後日も、恐らくその後も僕ではない。
 一夜の遊びだったのかと屈辱に震える頃になってやっと、次の番が回ってくる。
 詰め寄ったり強請ったりすれば他の皆と同じになるから黙って耐えるしかない。
 だからまったく、酷い主だ。



都合よく調教されてるのを認めたくない歌仙。
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