シリフ霊殿
Schild von Leiden

思いがけない暖かさに
 指先に鋭い熱量。
 どうやら小刀を滑らせたらしい、何の気なしに見ているとじわり血が滲んだ。血球、血漿、グルコース有機酸脂質尿素イオン分子。放っておけば塞がる程度の傷だが、自分がそれを負う立場になるのは久方ぶりのような気がして暫し眺めていた。
「どうしたんだい」
 物静かな、しかし大太刀を捌く武人の力でもって手首を掴まれる。彼がこのような行動に出るとは少々意外であった。
 細身だと思っていたがやはり腕力ではこちらが劣るらしい。吊り上げられるようにして立たされ、有無を言わせず手近な水場へと引っ張って行かれる。ああ、そんなに顰め面をしなくとも今お前の周りに敵はいないよ。
 既に乾いてこびりついていた鉄錆色は、流水に晒すと拍子抜けするほど綺麗に落ちた。だというのに次は治療とばかりに畳へ座らされ、指へ白い布が巻き付けられるのを黙って見つめている。平癒祈願の神刀という身の上は承知していたが、これは少々過保護、否、迂闊すぎはしまいか。
 穢れが移ると言うと石切丸は再びらしくもなく渋い表情をした。
「私は元々武器なのだし、この程度なら問題はないよ。君がそのままでいることに比べればね」
「過保護な」
 改めて声に出した。
 武器ならば尚更だ。戦道具とは出陣の三日も前になれば、穢れを寄せぬよう別室に安置するものではなかったか。
 それをも顧みず手当を優先する理由が、それこそ唾でもつけておけば治るようなたったこれぽっちの創傷では、やはり彼の態度は過保護に過ぎよう。
「いけないかな」
 よくはない。
 よくはないが、刀というものは遍く主を護るべく動きたいものなのだろうか。
「祈祷というほどのものではないけれど、この傷が我が主の害とならぬように」
 彼は神主のように祈って私の手を撫ぜた。



多分感染症とか心配なんです。
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