シリフ霊殿
Schild von Leiden

あなたへ、
 外で枝の軋む音がしたので障子を開けた。
 そろそろ外で午睡をするのが本人にも枕にも厳しくなってくる季節。
 昨晩は雪が降り、庭一面を白く染め上げていた。
 庭に植わっている木々は葉を散らし、雪に降られるまま庭同様白に染まっている。
 その白の一角に、蒼。
 枝の一本に悠々と寝そべって、竜が木の実を食んでいた。
 彼の居る枝だけ葉が青々と茂っている。
「よう」
 主君の存在に気付いた竜が声をあげる。
 身じろいだ拍子にまた木が軋んだが、折れる様子は無い。
「政宗何やってんの」
 言いながら#奈々は縁側に出た。
 本当は庭に出てじっくり眺めたいのだが、流石に素足で雪を踏む勇気が無い。
 彼が普段着で平然としていられるのは、やはり妖ゆえなのだろうか。
「何、ちょっと小腹が空いたんでな」
 季節に合わせて葉を落としている柑子の木の、
 政宗が乗っている枝だけが青い葉を繁らせ、黄色い柑子がたわわに実っている。
 政宗はそこから実をもいでは口に運んでいるのだった。
「へー、竜って木の実食べるんだ」
「……何食うように見えんだ?」
「にく」
「俺何度もMasterの前でMasterと同じ物食ってるだろ」
「あっ、そういえばそうだねぇ」
「……」
 我が主君ながらこの天然っぷりは、従者として些か心配にならないでもない。



「ところでこの木どうなってるの?」
 一部分だけ季節が狂っているのは分かるが、何故そんな事になっているのか。
「また元就が何かやった?」
「何でそこで元就さんが出て来んだ?」
「元就って時々突飛な事しない?」
「……そうか?」
「何処からともなく上着取り出すとか、いきなり怒り出すとか」
「……」
 政宗からすればあの行動には『主の為』という明確な一貫性があるのだが、
 何故か当の主には彼の行動理念は一切掴めないらしい。
「いや、残念ながらこれはあの人絡みじゃねェよ」
 言いながら腕を伸ばしてもう一つ実を採り、反対の手で枝を優しく撫でる。
「Master、夏に柑子の種庭に捨てたろ」
「え」
 確かに貰い物の柑子を食べた覚えがあるが、捨てた場所までは覚えていない。
「俺が妖力を与えて育てたんだ。少しくらいならorderも聞いてくれるんだぜ」
「へー」
 言われてみれば、撫でられて心なしか嬉しそうにしている気がしないでもない。
「ねぇ、あたしにも一個頂戴」
 これは#奈々が言い出すのが遅かったとしか言いようが無い。
「……あ。悪ぃ」
 運の悪い事に丁度政宗が最後の一個に口をつけた所であった。
「流石に食いかけMasterに渡すのは……やべえよな……」
「ん、あたし全然気にしないけど?」
「いや、Masterじゃなくて元就さんが……」
「我が何だと?」
「……あ」
 振り向くと向こうから元就がやって来るのが見えた。丁度通りかかった所らしい。
 縁側に立つ主君の姿と、一枝だけ葉をつけた柑子の木に寝そべる竜。
 且つ、竜の手には齧りかけの柑子が一つだけ。
 不自然極まりない光景だが、それだけで九尾は大体の状況を察したようだ。
「主、柑子が食べたいのか?」
「え……あ、まぁ……」
「少々待って居れ」
 言い残して、元就もまた平然と素足で庭に降りる。
 政宗が居るのとは別の枝を一本選ぶと、それに手をかけた。
 それだけで枝の上に乗っていた雪が全て溶けて消える。
 尚も触れていると枝から新芽が芽吹き、見る間に青々と葉が繁った。
 ぼんやりと見ている#奈々の前に、新しく実った柑子が差し出される。
「主」
「あ、ありがとう……」
「ちょっ……アンタ今何した!?」
「何、と言われても」
 屋敷の中へ戻ろうとしていた足を止めて、まだ木の上に居る政宗を振り返る。
「どうやら妖力に反応して育つらしいと分かったので、一枝成長を早めただけだが」
「なっ……」
 話は終わりだと言わんばかりに縁側に腰掛け、濡れた足を拭いている元就。
 嫌な奴、と政宗が呟いたのは#奈々には聞こえていなかった。



暴露
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