シリフ霊殿
Schild von Leiden

また会う日を楽しみに
 肝の据わった、という言葉は知っている。
 実際自分のした事を思い返してみると、自分もかなり据わっていた方だと思う。
 けれども世の中、上には上が居るものだ。
「では、明日#奈々さんを連れて上野にでも行って来ますね」
 話を聞くなり笑顔でこう言い放った千鶴子さんの笑顔を、私はきっと忘れない。
「……何の用事だい」
「だってその子をしばらくうちで預かるのでしょう?
 それなら服やら日用品やらを用意してあげなければいけませんわ」
 黙り込む若爺さん。
 (ジイサンは止めようと思ったけど、名前を聞いてないからこう呼ぶ事にした)
 話をした時点でこの家にお世話になる事は決定していたらしい。
 まぁ確かに、ここ以外に行くあてなんて何処にも無いのだけれど。
 まさか私のご先祖に事情を話して厄介になる訳にもいかないし、
 そもそも私の家のあった所にご先祖が住んでいるのかも分からないし。
「千鶴ちゃん、僕にもお土産」
「はい」
 しかもイケメンの横暴を笑って受け入れた。
 良い人、というより、すごい人だ、と思った。





 そんな訳で上野の大きな百貨店、千鶴子さんがあれこれと選んでいる間にも、
 私はぼんやりと千鶴子さんを見ながらそんな事を考えていた。
 服を未だ買っていないのでこちらへ来た時の服のまま、
 平成ファッションの割と先端をいく服はこの時代だとやっぱり少し浮いた。
 それをにこにこと手を取って百貨店へ案内してくれ、周囲からの好奇の視線も気にせず私に話しかけてくれる千鶴子さんは、
 やっぱり良い人というより『すごい』んだろう。
「どう、#奈々さん?やっぱり女の子なのだから赤が良いかしら」
 声を掛けられて正気に返る。 
 赤と青の小物を手に千鶴子さんが話し掛けてくれた所だった。
「ああ……そうですね、こちらの方が……」
「じゃあこっちの色にしましょう。他のものも色を合わせる?」
「はい、出来ればそれで」
「余り気を使わなくて良いのよ。折角なのだから楽しんでいらっしゃい」
「……はい」
 微妙に私の詳しい事情を見透かされているような、いないような。
 まさか私の知らない所で話を聞いたのかとも思ったけれど。
「ご両親やお友達も恋しいでしょうけれど、あの古本屋には色々な方が集まるから、お話なんかすると良いわ」
「……」
 ああ、やっぱりこの人は何も知らないのか。
 私がここに来る前に向こうで何をしたのか、何を思ったのか。
 まさか六十年後から来たとは言えず、若爺さんは適当に話をして誤魔化した。
 その辺は本当に私の知るジイサンと変わっていない。
 奥さんにさえ話さないのか、と思ったけれど、確か榎木津と名乗ったあのイケメンは猫と戯れるか寝るかしかしていないから、
 それに比べれば一応私を何とかしようとしてくれたのだとは思える。
 そして千鶴子さんも、何を聞くでもなく黙ってそれを受け入れた。
 私はそれに感嘆したし、嬉しくもあった。

「……千鶴子さん」
「何かしら?」
「……いいえ、何でも無いです」
 話そうかとも思ったけれど止めた。
 本屋敷のジイサンにも奥さんが居た筈。にこにこしながらお茶を出してくれた。
 あれがもしこの人なら、六十年後くらいには多分あたしの事を知る。
 その時分かってくれれば良い。
「帰りに何か甘味でも買って帰りましょうか。あの人達へのお土産に」
「あ、はい」





 帰宅後。
 靴を脱いで座敷へ上がると、イケメンが羊羹を食べながら私を手招きしていた。
 ……このイケメンという呼称もそろそろ改めなければ。
 しばらくこちらで過ごすのに、こちらで通じない単語を使っていてはいけない。
「何ですか?」
 そっと傍へ寄ると、日に焼けていない白い手が私へ向けて伸ばされる。
 何かと思えば頭にふわりとした感触。榎さん、と呆れた声が横から飛んで来た。
 ……頭を、撫でられている。
「君は中々良い子だ。頭を撫でてあげよう」
「……子供ですか、私は」
「うん?詳しい事は知らないが君は女学生だろう。
 学生というのは大人じゃあない、という事はつまり子供だ。だから黙って撫でられていなさい」
「……はぁ」
 むしろ満面の笑顔で羊羹を食べているこの人の方が子供に見える。
 のだけれどもこの人は一体幾つなのか。イケメンすぎて年齢が分からない。
「何、少しくらい苦労をした方が女の子は可愛い」
「……!」
 はっとして顔を上げると、イケメンの素晴らしい笑顔が視界中に映った。
 まさか、この人は私の何かを知っているというんだろうか。
 問い詰めようとしたけれど彼は視線を逸らして千鶴子さんにお代わり、と言った。



前回の終わりからきちんと続けなさいと過去の自分に言いたい。ごめんなさい
前<< 戻る >>次