ちょっと出掛けてくる、とだけ言って家を出てきた。
背中のリュックには携帯と財布、暇つぶし用の本と音楽プレーヤー。
いかにもすぐ帰ってきます、と言いたげな格好。
……実際は多分、もう永遠に帰ってこないのだろうけれど。
何だかんだ言って最近この辺も都会っぽくなってきたと思う。
こう、何とかビルっていう高いのが次々建ったりして。
そりゃそうだ、戦争で焼け野原になってから何年経ったと思ってるんだ。
ざっと六十有余年。こないだ授業で習いました。
それでもこうして街外れまで来てみると、やっぱりこぢんまりとした田舎の雰囲気が漂うから面白い。
背中のリュックには携帯と財布と本と音楽、それからその辺で買ったリボン一巻。
この坂を上がると古い本屋敷があって、それから古い神社がある。
神主は八十を過ぎてそうなジイサン。本屋敷の主でもあるらしい。
いっぺんお爺ちゃんと蔵の本を売りに行ったことがある。
(そう、古本屋なんだアレ。見えないけどね)
普段は世界が滅びたみたいな仏頂面してるのに、本を見るなり目を輝かせてるあたり可愛らしいと思った。
そんな回想はともかくとして、私は私の死に場所にその神社を選んだ。
あそこの神社のご神木は、大変に首を吊りやすそうなのです。
こう、横の枝が太く張り出していて。
見つかったら喧しそうだけど、見つかる前に事を済ませてしまえば良いだけの事。
神罰なんて怖くない、だって私今の所無宗教だから。
それで私は大きなご神木に頑張ってリボンを掛けて、頑張って首を吊ったのです。
確か。
動機は特になし、ただストレス発散の一環だとでも言っておきましょうか。
それとも青春らしく、若さゆえの暴走とか。ルーレット族みたいな。
というか明確な動機があったとしてそれを態々口に出して言ったりするだろうか。
というかちょっと待て誰にそんなこと言うんだ。自分にか。自問自答か馬鹿馬鹿しい。
いや、
「おお目を開けた。無事だったぞ京極!」
多分、今目の前にいるこのイケメンにだ。
空中にぶら下がっていたはずの身体は布団の上に寝かされていて、それに覆い被さるようにして整った顔立ちがある。
私なんぞの顔を凝視して楽しいですか、思った通りにそう言ったら今度は「口を利いたッ!」と驚かれた。
「目を開けたし口も利いた!本当に生きている!」
イケメンは後ろを振り向いて怒鳴った。
寝ているお陰で見えないけれど、向こうにも誰かいるらしい。
「あんたは死んだと思ってる人間をうちまで拾って帰ってきたんですか」
不機嫌そうな低い声。でも不思議によく通る。
聞き覚えが無くもない気がしたけど、よく思い出せないからほっといた。
「僕は僕が拾おうと思ったから拾ったのだ。
大体生きてるにしろ死んでるにしろ、いつまでもあそこにぶら下がってられちゃお前も迷惑だろう」
あそこって何処だろう。文脈から判断してあそこの神社か。
私は、助けられたんだろうか。
おっかしいなぁ、場所選ぶ条件の中にちゃんと『人気が無い』を入れといたはずなんだけど。
あのジイサンが見つけたのかとも思ったけど、聞こえてくる声はやけに若々しい。
とりあえずお礼とお詫びを言わなくちゃならない。私は布団から身体を起こした。
首が寝違えたように痛い。当たり前か。
視界に入ってきた人間は二人。さっきのイケメンと、黒髪で仏頂面の若い男。
どこかで見た事があるような気がするのは声と同じ。心当たりは未だ無し。
「あの」
「君が何故あんな所であんな事をしていたのかは知らないがね、出来ればもうこれきりにして貰いたいな」
先手を取られた。
仏頂面の人が、本から目を離さずに私に向けて小言をたれている。
「怨みや無念といった負の気はその場に溜まる事が多いんだ。
そして同じ悪念を持つ者と呼応する。大陸では妖怪の仕業にもなっているがね。
首を吊る君はそのまま死ぬだけだからいいかもしれないが、君のお陰でうちの神社が自殺の名所になっては困る」
「はあ」
返事の仕様が無い。だから何だってんだ、って感じ。
このものすごい話術は本屋敷のジイサンに通じるものがあるな。
あの人も確か神社持ってて―――
「……あれ?」
「何だね」
「私が居たのって、本屋敷の裏手の神社ですよね?ジイサンが神主やってる」
今度は向こうの方が返事に詰まった。
イケメンの方が大笑いした挙句、代わって答えてくれた。
「わはははは、君は中々見る目がある子だな!
そうとも、そこはこの本馬鹿がこの本屋敷の裏手に持ってる何とかいう神社だ!
神主は神主の格好をした人間を見たことが無いから僕は知らない」
あんまり答えにふさわしい内容じゃなかった気もするけど。
黒髪の方が咳払いをして後を続けた。
「確かにこの家には本は沢山ありますよ。それは認めましょう。
それから神主なら数年前に僕が祖父から継いだ」
「ああそうなんですか。まあ確かにあの歳じゃもう寂しく古本屋やってるくらいしかできませんよねー」
「―――待て」
今度は三人揃って黙り込んだ。
「君のいうジイサンとはその、こいつに良く似た白髪の人か?仏頂面で本読んでる所までそっくりだ」
イケメンが私の方を半眼で見ながら言った。
「ああ、はい……言われてみれば似てますね」
「僕はそんな爺さん見たこと無いぞ京極。まだ生きてたのか?」
「生きてる訳が無いでしょう。僕がここに店を構えた頃にはもう他界してましたよ」
「え、嘘。だって本買いにうちの蔵に来たでしょうこの間。
稀少本があったとかで眼ぇ輝かして……挨拶もしましたもん私」
妙なジイサンだなと思ったからはっきり覚えてる。
うちのお爺ちゃんと小難しいネタでやけに話が弾んでたし。
「この間?」
「ええ、八月の終わりくらいだったから……二週間くらい前ですかね」
「二週間?今は五月だぞ?」
「え、あれ、でも今は平成×年の九月……」
「平成?何だそれは」
「……え?」
何故ここで切った……当時続きものにしようと思っていたらしいです