シリフ霊殿
Schild von Leiden

白衣の芸術家
「おや、貴女がいらっしゃるとは」
 今し方戦闘を終えた、この戦線の軍医指揮官は、私を見つけると治療の手を止めておざなりに敬礼をした。
 右翼が不自由だという話は入隊時に聞いていたが、それにしてもこの男の礼には敬意がこもっていない。
「病傷兵の報告を、岩峰軍医」
 カルテ一つ取り出す動作を見ても、軍に属する者とは思えない無気力さだ。
「負傷は軽傷八名、重傷五名。うち二名は今夜が峠でしょう。この地域には固有の風土病もありますから、傷口から感染する可能性もあります」
 既に今朝方三名ほど担ぎ込まれてきましたから、詳しい経過観察をしておきますね。話す声は心なしか弾んでいる。症例の乏しい患者を診るのが楽しくて堪らないのだろう。悪趣味なことだ。
 治療の腕は折紙つきだが、中々昇進しないのはひとえにこの性格によるものか。否、むしろ本人がこうして前線での臨床を望んでいるのかもしれない。
「報告は以上です。……それで貴女は、これから負傷兵にもう一名加えて下さるのですか?」
 岩峰の視線が私の左腕に注がれる。先刻の戦闘で流れ弾が掠めた箇所だ。
「要らん。この程度、酒でも吹きかけておけば治る」
 止血用のさらしの上から傷を叩いて言うと、岩峰はあからさまに不満そうな顔をした。
「七〇%の消毒用アルコールでも口腔内の雑菌は死滅しませんよ。殺菌効果を出すには、最低一分は患部をアルコールに浸す必要があります」
 まあ、貴女の体力なら破傷風程度は問題ないかもしれませんが。
 ちくちくと嫌味を言ってくる。そんなに私の傷口を診たいのだろうか。
「この程度の軽傷では面白味が無いのではないかね?」
 こちらも意趣返しの心算で言ってやると、面白味は無いですね、と間髪を容れずに返って来た。
「ですがそれと貴女を治療する事とは別問題です。私は貴女を治す事が出来る。その両足のようにね」
 言われて思わず自分の足を見下ろした。今は深緑の軍服に包まれているが、その下には生々しい傷痕がある。
 酷い怪我だった。今こうして何事もなく動けるのが不思議な程だ。実際野戦病院に担ぎ込まれた時は両足の切断さえ覚悟した。
 それがどうした訳か私は今でもこの戦線で戦いを続けている。岩峰が治療したのだ。
 私を治療する事の何が琴線に触れたのかは分からないが、以来彼は何かにつけては私の傷を治療したがる。それも無意味に凝ったやり方でだ。お陰で傷の治りは早いがいつも奇妙な治療痕が残る。
「君は私の身体で芸術でも作りたいだけだろう」
「芸術とは心外ですね。私はそんなものに興味はありませんよ」
 咎めた心算なのだが、それでも私の左腕を名残惜しそうに見つめている。
「ただ、貴女がこれだけ私によって生き延びたという証があればいい。貴女は本当ならあの時の怪我で死んでいてもおかしくないのですからね」
 ですからこれも傷跡は残します。貴女が幾ら醜くなろうが構わない。それこそ私の望む所なのですから。
 酷く歪んだ支配欲だと、思った。




コスプレ萌えるねってお話からここまで妄想が飛んだ
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