「……眠いのでしたら帰ってもよろしいのですよ」
「はぅ!?」
低い甘い声に思考を引き戻された。同時にがくんと視界が揺れて、今の今まで自分が居眠りしていたのだと気付く。
岩峰先生はパソコンで何やらの作業をしながら、こっちには視線の一つもくれずに言った。
「保健委員の業務はもう終わったのでしょう?もう貴方がここにいる必要はないと思いますが?」
「あーうー……」
だって残ってたら岩峰先生とお話出来るかもしれないじゃないですか。
正直残っていた理由の九割方はそれなんだけど、喋りもせずに寝てたら何の意味もない。
(まあさりげなく今お話出来ちゃってますけ、ど!)
「くぅ……わ」
我慢していた欠伸が遂に出てしまった。むむ、テストが近いとはいえやっぱり徹夜はきつかったのか。
「帰ったらどうですか」
岩峰先生は相変わらずパソコンから目を話さずに言う。
「いやーもうここまで来ると何か……仮眠とってから帰った方が変な事故起こさないんじゃないかなってくらいに」
「病人用のベッドは使わないで下さいね。シーツを直すのが大変なので」
分かってますよーだ。そんな釘刺すような言い方しなくたっていいじゃん。
ふーんだふんだ、いいもんいいもーん。保健室の革張りのソファは寝てると案外体温であったまってぬくいんだもんねー。
……まあ、あったまるまでは寒いんだけどね。
ぼふ、と寝っ転がると案の定冷たい。まあきっとその内あったまるもの。
というか、いざ横になってみると本格的に眠い。ソファがこんなに冷たいというのに、瞼は上下で仲良しこよし……
「へくち」
あ、寝ながらくしゃみしてる私。ダサい。
「……いやいややばいですよね風邪引きますよね!?」
叫んで目が覚めた。
壁の時計を見ると、寝始めた時間からもう大分経っている。ていうか外が完全に暗い。知らない間にすごい寝ちゃってたんだな私。
「起きましたか」
声がしてそっちを向くと、少し呆れたような表情の岩峰先生がこっちを向いていた。パソコンを見てないってことは作業は終わったんだろうか。
でも何かがおかしい。こう、何かが足りないというか。
「そろそろ最終下校時刻ですよ。貴女も早く帰りなさい」
有無を言わせない威圧感。
はーい、と返事をして渋々身体を起こすと、肩から何かがぱさりと落ちた。
白い、毛布、シーツ、じゃない。これは。
「……岩峰先生、これ」
「暖房が効きすぎていたので脱いだだけです」
早く帰りなさい、と珍しいベスト姿の先生に保健室を追い出される。
ぴしゃりと目の前で閉まった扉、それでもまだ私の手の中には人肌で温まった白衣がある。
まだ先生が扉の傍にいるのが気配で感じられる。
「……ちゃんと洗って返しますから」
扉の向こうからは小さなくしゃみが聞こえたような気がした。
フォロワーさんにネタをいただいた「白衣を毛布代わりに」