シリフ霊殿
Schild von Leiden

複製体
 (・・・またか)
 不快ではないが、『これ』が来る度に集中が途切れるのが嫌だ。
 脳裏に浮かんだ映像を振り払うべく、毛利は小さくかぶりを振った。
 物心ついた頃から、事ある毎に頭をよぎる幻覚がある。
 白昼夢のようなものだと気にも留めなかったが、最近やけによく見るようになった。
 女、だと思う。
 確信が持てないのは、この城の外に居る人間に関する知識が薄い所為だ。
 表情や身体つきから女であろうとは知れるのだが、
 如何せん教団服を着ていない人間を見慣れていないので断定し辛い。
 極稀に入信したての人間がこのような服を着ているのを見かけるきりである。
 では、何故この女は自分の思考に現れるのか。しかも見慣れぬ筈の服を着て。
 或いはその新入りとやらを偶然記憶しているだけか、と思った。
 しかし彼女と共に浮かぶ風景は彼の記憶にあるどの場所とも一致しない。
 早い話、城の中の風景では無い。

 生まれてからこの城を出た事の無い自分が、何故外の風景を知っている?

 自分の最も古い記憶は既にこの城の中である。
 何年も前の事か、それともつい最近なのかも分からない、
 ただこの城で生まれて城の主に仕える為に生きている、それだけを記憶している。
 親が居た記憶すら無い。
 脳裏に浮かぶこの女が母親というものかと考えた事もあったが、それではこの感情の意味が説明出来ぬ。
 恋情ともとれるこの僅かな幸福感は、この城の中で学んだ何者でもない。
 大体彼等の語る『愛』ですら、未だに理解しきれないでいるのだから。





「サンデー」
 一瞬間を置いてから振り返った。
 あの娘の事を考えて居る時は何時も、自分の名を認識するのが遅れる。
「ザビー様」
「次は四国のアニーキのトコロヨ。アナタの良いアタマ、見せてチョーダイ」
「・・・はい」
 戦の前に城主はこうして必ず自分を頼る。
 自分の考える策が戦の役に立つのだというが、この城に兵法書の類は無い。
 そういえば自分は何故このような策が練れるのかと不思議になった。
「・・・ザビー様」
「ナーニ?」
「中国に兵を出すおつもりは無いのですか」
 彼が途端に難しい顔をする。
 四国へ行くなら中国を経由した方が楽だというのに、何故かこの城主は毎度あの土地へ足を踏み入れるのを渋るのだ。
「中国のトノサマ、とっても良いアタマ。でも愛信じまセーン。
 前に行ったらすごく怖かったノヨ。だからダメ」
「・・・はい」
 毛利は何故かあの土地に惹かれてやまない。
 聞いた所によると、中国の領主も自分と同じ名だとか。
 彼に会えば、何かが分かるかもしれないと思っているのだ。
 あの娘の正体も、この不思議な感情も、自分の策の出所も、
 自分が何故『愛』を理解出来ないのかも、全て。



ダブルクロスのDロイスをお題にした企画
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