「『我を』」
人気の無くなった筈の厳島に、女の声が響く。
「『理解できる者は、この世に我だけで良い』……」
くすくすと笑う声は、相手の感情を煽る為のもの。
昂れば昂る程思考には隙が生まれ、心を読みやすくなる。
「覗き見か。流石、妖しの者は礼儀がなっておらぬな」
「おっと、勘違いをして貰っちゃ困るね。
あたしはあんたがあの男の血でこの社を穢してくれて初めて出て来れたんだから」
「ならばどうした。我に恩返しでもする心算か」
「うん? してやっても良かったが、あんた興味が無さそうだったからね。
だから代わりに心を読んでやってるんだよ。他人に言いふらす趣味は無い」
他国に売りつけでもするのかと警戒されていたので一応釘を刺しておく。
心を読めるという証拠にもなった筈だ。
驚きや動揺は恐怖を生み、更に己の行為を行いやすくする。
「迷惑極まりないわ。離れよ」
「直ぐにばくりと食わないだけ有難いと思って貰いたいね。
悟(さとり)って化け物が何の為に心を読むのか知ってるかい?」
悟はね、心を読んだ相手を食っちまうんだよ。
「食わぬなら何故我に構うのだ」
「何も。ただ読めるから読んでみてるだけさ」
次の刹那に読んだのは少しの恐怖。
成程この男は他人に自分を見せるのが怖いのか。
「まぁその生い立ちじゃあね。仕様が無いね」
親の名前、過去、つい今しがたの会話。
次々読んで、読んだ事を相手に知らせてやると、次第に恐怖は和らぐ。
遂には己の前に全てを曝け出すようになるのだ。
「……我を、理解でもする心算か」
後は、相手が自分を無意識に信頼するようになるまで粘れば良い。
「理解?何の事かね?」
そこが狙い目。
「あたしは飽くまでもあんたの事を読んで、『知って』いるだけさ。
まるで本を読むように、あんたの事が分かる。でもそれは知っているだけ。
だって、化け物が人間を理解できる訳が無いだろう?」
後はもう、わざわざ読んでやるまでも無い。
あたしという化け物の恐ろしさを思い知るが良い。
「さ、どうやら恩返しはいらないようだからとっとと退散しようかね」
「貴様……っ」
「うん? 何だい、お兄さん」
「……このような惨めな思いをする位なら……いっそ、一思いに食え……っ」
「……うふふ」
出来上がり。
人外は手っ取り早く優位に立てるので良いですね